北朝鮮の実態:市場経済の発達、制裁の影響……変化の渦中にある庶民の生活

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【平壌・AP通信】 全ての北朝鮮の大人と同じように、ソン・アン・ピョル氏は、金正恩指導者の父と祖父の顔の描かれたバッジを心臓の上に当たる左襟にきちんと付けている。しかし、右襟には、ダイヤと金のブローチが輝いている。

 ソン氏は国営のスーパーマーケットを経営しており、その冷凍庫には豚肉や牛肉がいっぱいに仕入れられており、乳製品、パン製品、缶詰め等が何列も並べられている。これは、北朝鮮の中で起こっているパラダイム・シフトの一部である。金一家による支配の継承も3世代目に突入し、市場が栄え、消費文化が定着している。120種類にも及ぶ「メイデースタジアム」ブランドのアイスクリームから、代金を支払うカードの普及まで、消費文化は、目に見えて不可逆的に北朝鮮を変化させている。

 金代表は、グアム沖を狙いミサイル発射をすると脅したことでこの数週間にわたり注目を浴びていたが、その一方で、彼のトレードマークとなっている二重ポリシーは、核兵器開発と経済開発を重視している。しかし、核兵器と同じく、より消費者に優しい経済というものもリスクを伴うものである。

 より多くの国際的な制裁を受け、中国からの輸入品が押し寄せたことで、貿易不均衡が拡大し、北朝鮮の経済は崩壊寸前のバブルの中に存在するのかもしれない。AP通信の入手した情報によると、輸入ガソリンの値段は6ヶ月弱の期間で200%以上急騰した。新しい市場によりもたらされた富は、政治の不安定を引き起こしかねない。

 金正恩代表のスローガンである「並行開発」-いわば、大砲とバター(軍事と経済の両立)- は、彼の時代の免れ得ない現実を反映している。1990年代には、洪水、飢饉、ソビエト連邦の崩壊に直面し、北朝鮮国家はその国民に必需品を提供することも出来なくなったのだ。北朝鮮の人々は草の根の物々交換や売買をはじめ、それが増大することが、現在の市場経済へと至ったのである。

 北朝鮮の農村部での生活は、都心部の生活と比較すると、圧倒的に苦難や欠乏という言葉で表現される。しかし、驚くべきことに、賑やかな好景気といってもいいほどの感情が農村部を含めた国中に拡がっているのだ。

 北朝鮮の多くの工場は日常の生活用品の生産量を増やし、質も改善するという、新しい優先順位を追加している。その一方で、マネージャーは何を生産するか、労働者達にいくらの賃金を払うか、どのように収益的な関係を構築するか、などに関して、より自由に決定することができる。

 実質的にどの都市に行く道路沿いにも、これまで様々な困難に耐えてきた年老いた女性が多いのだが、そのような街頭行商人が果物や野菜、その他の食べ物を販売している。専門店には、最新の「平壌」モデルのスマートフォンが200ドル(約22,000円)で売られ、「ボーイ・ジェネラル」のようなロールプレイゲームの人気アプリが2ドル(約200 円)で購入できる。タエドンギャングという平壌で人気の醸造所はビールの生産ラインに8種類目を加えたところである。

 これまで以上に厳しい制裁を受けているにもかかわらず、外国製品はまだ購入可能である。日本のポッカコーヒー缶が一本80セント程度である。メルセデス・ベンツ・ビアノを購入するためには何らかの人脈が必要であるかもしれないが、6万3千ドル(約690万円)の希望小売価格で購入可能であるのだ。

 あからさまな営利主義を表に出すことは依然としてタブーとされる。人口約3百万人の都市である平壌には、いまだに3つしか広告用掲示板がなく、テレビや新聞にも広告がないのだ。しかし、店はより消費者に優しくと指示を受けている。

 「オープン当初の開店時間は午前10時から午後6時まででした。しかし、2015年に私達の尊敬すべき金正恩最高司令官が午前10時から午後8時までサービスを提供し、多くの働く人々が仕事帰りにもスーパーマーケットで買い物できるようにと念を押したのである」とソン氏は言う。

 店では通常「二つ購入すれば一つサービスで無料提供」といったタイプのセールが行われている。新しい薬用品やスポーツドリンクのポスターが店内に貼られ、消費者は「ポイントカード」に登録を申し込み、割引ポイントを稼ぐことが出来る。

 カナダ人企業家、白頭文化交流社の代表であり、西欧人で金正恩代表と直接会ったことのある数少ない欧米人として知られているマイケル・スパバ氏は「現在の北朝鮮では、消費者を引き付け、信頼のおけるブランドを確立しようとして、国内企業間での競争が増大している」と発言する。スパバ氏は、この北朝鮮の状況を指し、素晴らしい政策だと言う。

 国内で生産された一般消費者向け商品を強調することは、中国からの引力に対抗しようとする企てでもある。

 中国は、北朝鮮の貿易や燃料のほぼすべてを占めている。北朝鮮は今年に入ってからの5ヶ月間だけでも、中国との取引に20億ドル(約2,200億円)を費やしている。中国との取引を断つことは平壌にとって壊滅的なことであろう。しかし、金正恩代表自身を含む北朝鮮の政権指導部は、中国との貿易が継続されること、また、貿易が拡大することにより導かれる結果について懸念を示しているのだ。

 北朝鮮の中国からの輸入量はその輸出量より断然多く、それは特にエネルギー源の必要性に原因がある。この不均衡は、今年に入ってから中国が北朝鮮からの売買を削減したことにより劇的に拡大した。新しい国連の制裁が北朝鮮の輸出による収益をより一層圧迫しているのだ。

 これにより、欠乏とインフレが生じるかもしれない。AP通信の入手した資料によると、4月頃にガソリンの値段が上がり始めた。多くのガソリンスタンドは閉店か、販売規制となった。

 ジョージタウン大学の経済学者ウィリアム・ブラウン氏は、米の価格は5月と比較し7月には20%上昇したと発言し、北朝鮮は毎月外国為替で2億ドル(約220億円)の流出を被っていると想定している。

 「これは政権の安定にとって、最大、且つ目前にある脅威なのかもしれない」とブラウン氏は言う。しかしながら、北朝鮮はしばしばこのような経済的問題に何らかの解決策を見出していると彼は追加する。

 中国との国境沿いに散在する商品や貿易の機会は、利益のある企業の成長をも促しており、つまりは、広く人脈を持つ個人や、最初のうちだけでも政権のエリートにも実質上の金銭給付をもたらす。しかし、同時に、新経済から不釣り合いに利益を得る「持つ者」と、豊かさのバブルに包まれた平壌の外に生活する大多数の「持たざる者」の間の格差も拡げてきたのだ。

 アカデミー・オブ・ソーシャル・サイエンス(訳:社会科学アカデミー)経済研究所の研究者であるカン・チョウル・ミン氏は、現政権は何が起こっているか理解していないのではなく、より多く、より質の良い製品を生産することにより、消費者が改めて国営ビジネスに関心を持つように努力しているのだと言う。

 彼はAP・テレビジョン・ニュースで、国営の商用ネットワークを利用する人々の数は増加していると語った。

 しかし、多くの国外にいる専門家は、国営企業や農場は不効率であり、市場や民間活動の支援なしに、十分な商品やサービスを提供することは出来ないと信じる。

 結局、北朝鮮の経済の今後は、新しいMINISO(名創優品)などの店に懸かっているのかもしれない。MINISOは香港、東京、シドニーなどに店舗を持つ国際的なブランド名であり、リュックサックや家庭用電気機械器具などの格安商品を販売している。この4月に平壌に店舗が開店したばかりである。

 これは町で一番の流行の店である。

 そして合弁会社であるのだ。またしても中国との!

By ERIC TALMADGE
Translated by Conyac

Text by AP