ザルツブルクと日本を音楽が結ぶ2023年 『タンホイザー』とモーツァルトのバイオリン

ザルツブルクの街並み

 世界中のクラシックファンの注目が集まるオーストリアのザルツブルク。その地より6年も前に、日本で披露されたあのオペラが、今年のザルツブルク復活祭音楽祭を沸かせた。そして今度はモーツァルトのバイオリンが日本へやって来る!

◆日本に思いをはせるカステルッチ演出の『タンホイザー』
 2017年にバイエルン国立歌劇場が来日した際に、ワーグナーの『タンホイザー』を観た方もいるだろう。ロメオ・カステルッチ演出の『タンホイザー』は、序曲の間に上半身を露わにした巫女のような女性たちが、弓道のように矢を射るシーンから始まる。西洋の物語に東洋的視覚を加え、欲望の国も聖地巡礼も、生と死の境界すら超えた普遍的な作品に仕上がっている。その新演出は2017年5月21日にミュンヘンで初演されたが、その前年筆者と会ったカステルッチが、「『タンホイザー』を持って日本に行かれるのを楽しみにしている」と目を輝かせていたことからも、日本の観客を意識して創り上げられたものだと想像できる。(写真参照)

© Monika Rittershaus

 そして6年後の今年、この『タンホイザー』のキャストにスターテノールのヨナス・カウフマンと、スターメゾソプラノのエリーナ・ガランチャを迎え、ザルツブルク復活祭音楽祭で披露されることになった。昨年「ザルツブルク復活祭音楽祭における権力争い」についてレポートしたが、この豪華プログラムも、今年から正式に総裁の座についたバッハラー氏の勝利を確実なものにする「切り札」の一つだろう。結局ガランチャが初日8日前に病欠を発表するドタバタにも見舞われたが、代役を務めたエマ・ベルも健闘し、ヒロインの実力派ソプラノ、マルリス・ペーターゼンも軽めの声だが好演した。

左からタンホイザー役のカウフマンとエリーザベト役のペーターゼン|
© Monika Rittershaus

 しかし、6年前との大きな違いはオーケストラと合唱にあった。2017年当時、バイエルン国立歌劇場芸術監督だったキリル・ペトレンコの緊張感あふれる棒さばきとバイエルン国立管弦楽団の濃密な音がない。今年のザルツブルク復活祭音楽祭はアンドリス・ネルソンスが率いるゲヴァントハウス管弦楽団が担ったが、全般的に遅いテンポのせいもあり、官能性に欠けるアプローチだ。ネルソンスが5歳の時に初めて劇場で観たオペラが『タンホイザー』で、涙ながらに指揮者になりたいと思わされた運命の演目だという。それだけに真面目に取り組み過ぎたのかもしれない。ザルツブルク・バッハ合唱団も美しいハーモニーを聴かせたが、あの有名な行進曲にも恍惚(こうこつ)感がない。

 それでも公演は大成功し、バッハラー総裁は当音楽祭の次世代をけん引していく勝者として完璧なスタートを切った。4月7日の最終公演後には、当音楽祭創設者の名を冠したヘルベルト・フォン・カラヤン賞が3人の若手に授与された。若手アーティストを支援するためにカラヤン夫人が2017年に創設した同賞の授賞式の舞台にカラヤンの娘と並んで立ったバッハラー氏は、この成功作品をザルツブルクにもたらしたキーパーソンとして観客に刻印された。

 デア・スタンダード紙の4月10日の記事によると、この公演は99%の席が埋まり、10日間の復活祭音楽祭期間中に2万3000枚のチケット(うち700枚は学割などの格安券)がさばかれた。そしてこの数字は「2017年の記念イヤーに次ぐ最高収入となった」という。

 来年は「親プーチン」の疑いから出演拒否を受けていたアンナ・ネトレプコがアナウンスされていることもあり、この成功は続いていくと思われる。そして2026年からはベルリンフィルをザルツブルク復活祭音楽祭に戻す功績も得られた。今後の展開がますます楽しみだ。

Text by 中 東生