『エミリー、パリへ行く』の陰で評価作が選外 “賞”ビジネスに見る白人至上主義
◆#OscarSoWhiteとエンタメ業界の変化
6年前の2015年1月、アカデミー賞候補者20名が全員白人だったことをきっかけに、アカデミー賞におけるダイヴァーシティ問題が浮上した。アカデミー賞(オスカー)における白人偏重を指摘したハッシュタグ#OscarSoWhiteとともに、この問題は大きく広がった。2013年にはBlack Lives Matterが展開。そして2014年にはマーチン・ルーサー・キング・ジュニアの功績と公民権運動について扱った映画『グローリー/明日への行進(Selma)』がリリースされた。しかし、同作品はアカデミー賞の作品賞と主演歌賞へのノミネートに留まり、黒人監督のエイヴァ・デュヴァーネイ(Ava DuVernay)や主演のデヴィッド・オイェロウォ(David Oyelowo)などの黒人クリエイターたちの活躍が見逃されたため、批判が広がった。
米ニューヨークタイムズのポピュラーカルチャー専門記者、レジー・ウグウゥ(Reggie Ugwu)は、昨年2月に#OscarSoWhite運動がもたらした変化の軌跡に関して関係者のコメントを記録し、口述歴史(オーラル・ヒストリー)と題した記事を発表している。白人偏重を訴えた運動が始まった翌年2016年のアカデミー賞も白人偏重のノミネーションとなったため、批判の声がさらに高まり、主催の映画芸術科学アカデミーは、その構成メンバーにおける女性とマイノリティ人種の数を4年以内に倍にするなどといった具体的な行動を起こさざるを得ない状況になった。この時点で、メンバーの94%が白人、77%が男性で占められていた。
2017年、変化が起こった。20名以上の有色人種(people of color)が候補者として名を連ね、歴史的な「大事故」の末、白人のロマンスミュージカル『ラ・ラ・ランド』ではなく、黒人のバリー・ジェンキンスが監督・脚本を手がけ、黒人男性の成長に焦点をあてた『ムーンライト(Moonlight)』が作品賞を受賞。そして2019年には単体の授賞式で7名の黒人がオスカーを獲得するという、史上初の快挙が記録された。アフロフューチャリズムを描いた『ブラック・パンサー』は作品賞など7部門にノミネートされ、作曲賞、美術賞、衣裳デザイン賞の3冠に輝いた。
しかし、2020年はその反動もあったのか有色人種の俳優のノミネートはたった1名であった。同年の状況に関してスパイク・リー監督は、「豊作のあとは飢饉が起きるものだ」とコメントしている。一方で、アカデミーのメンバーの多様化は計画通り進展しているようだとウグウゥは述べる。また、2020年は韓国映画の『パラサイト』が英語以外の映画として初めて作品賞を受賞したほか、国際長編映画賞と脚本賞、監督賞の4冠を達成した年でもあった。
今年のアカデミー賞は2月開催ではなく、コロナの影響で4月25日の開催へと延期になった。候補者の発表は3月15日だ。今年度のアカデミー賞には反映されないが、昨年9月、映画芸術科学アカデミーは、ダイヴァーシティ不足の課題に対して、作品賞ノミネートに関する新たな基準を提示した。作品内容と作り手が「観客の多様性をより反映させたもの」になるようにするというのが趣旨だ。基準はAからDまでの4種類。基準Aは役者や内容に関して、Bは製作スタッフに関して、ジェンダーと人種の多様性を反映させることなどが盛り込まれている。基準自体には抜け穴があることも指摘されているが、はっきりとした基準を打ち出したことでの、業界関係者の意識改善の可能性は期待できる。この新基準は2024年のアカデミー賞から本格適用となる。
2月7日、アメリカ最大のスポーツ・エンターテインメントイベント「スーパーボウル」が開催された。多くの視聴者と観客が注目するハーフタイムショーでは、カナダ出身の黒人アーティスト、ザ・ウィークエンド(The Weeknd、本名、エイベル・マッコネン・テスファイ(Abel Makkonen Tesfaye))がパフォーマンスを行ったほか、国家斉唱では混血のソウル・R&Bシンガー、ジャズミン・サリヴァン(Jazmine Sullivan)が登場。さらに大統領就任式で一躍有名になった全米青年桂冠詩人アマンダ・ゴーマン(Amanda Gorman)も出演するなど、白人以外のパフォーマーが活躍した。スポンサー企業も、BLMの文脈があるなかコマーシャルにおけるメッセージ発信については一定の考慮があったようだ。スーパーボウルを主催するNFLも、ダイヴァーシティの課題を抱えている組織の一つである。ハーフタイムでのインタビューに登場したバイデン大統領も、黒人のコーチ不足の課題について言及した。しかし今回優勝したタンパベイ・バッカニアーズ(Tampa Bay Buccaneers)は、黒人や女性の登用が進んでいるチームの一つである。
米国エンターテインメント業界内での、とくに人種の多様化における課題は、是正される方向に向かってはいるようだ。しかし、残念ながら「白人至上主義」はいまだ多くの人々の潜在意識のなかに根強く存在し続けている。『エミリー、パリへ行く』がなんとなく成功してしまった事実と、『I May Destroy You』がふと気づいたら見過ごされていたという事実が物語っている。
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