映画『ビール・ストリートの恋人たち』レビュー 美しい詩や絵画のような世界

Tatum Mangus / Annapurna Pictures via AP

『ビール・ストリートの恋人たち』(バリー・ジェンキンス監督)の冒頭、「アメリカ生まれの黒人はみな、ビール・ストリートで生まれた……ミシシッピ州ジャクソンやニューヨーク州ハーレムで生まれた」と書かれたタイトルカードが映し出される。(訳注:ビール・ストリートは、テネシー州メンフィスの「ブルースの故郷」と呼ばれる繁華街。本作の舞台は、ニューヨーク州ハーレム)

 2016年の『ムーンライト』に次いでジェンキンスが映画化したのは、冒頭の言葉を引用した1974年発表のジェームズ・ボールドウィンの同名小説だ。簡単に説明すると、妊娠中のティッシュ(オーディションで主役を勝ち取り、鮮烈な長編映画デビューを飾ったキキ・レイン)と無実の罪で投獄された恋人のファニー(ステファン・ジェームス)の物語である。二人は、観ていて切なくなるほどに若くて美しい。アパートを借りるのにも近所の市場で食料品を買うのにもいちいち警官に職務質問されるなど、1970年代のハーレムで人種差別による障害や不正に日々直面しても、夢と希望に満ち溢れている。

 しかし、ある女性の誤解で強姦犯だと証言されたファニーが投獄され、二人の前途に暗雲が垂れ込める。面会室のガラス越しにファニーに妊娠を告げるティッシュ。互いを気づかい強がっているのか、初めのうちはそんな状況にも二人はくじけない。

 家に帰ると、母のシャロン(レジーナ・キングが熱演)、姉のアーネスティン(テヨナ・パリス)、父のジョーゼフ(コールマン・ドミンゴ)がティッシュの妊娠を祝う。ワインを開け、レコードをかけ、ファニーの家族に報告の電話をする。

 本作には忘れがたいシーンが3つある。その1つが、信心深くて気位の高いファニーの母(アーンジャニュー・エリス)とティッシュの家族が対決する、この電話のシーンだ。2つ目は、これが彼唯一の見せ場なのが残念な、ファニーの友人ダニエル(ブライアン・タイリー・ヘンリー)の胸を打つモノローグ。3つ目は、シャロンがファニーを告発した女性を訪ね、必死の説得を試みるシーンだ。この3つのシーンだけでも料金を払って観る価値が十分にある。

Tatum Mangus / Annapurna Pictures via AP


Tatum Mangus / Annapurna Pictures via AP

 すべてが名シーンというわけではない。白熱したシーンの間には、撮影と音楽は素晴らしいが眠れるくらいに静かなシーンがたびたび挟まれ、「愛し合う人間が好きなだけだ」と言ってティッシュとファニーに部屋を貸すユダヤ人の家主(デイヴ・フランコ)など、物語に活かしきれていないシーンもある。

 映画は、ティッシュとファニーが愛を育んでいく過程をつづった回想と、ファニーの無実を証明すべくティッシュが奮闘する現在が交錯しながら進む。物語をひも解いていく従来のスタイルというよりも、自由詩を鑑賞しているようだ。

 ジェンキンスと撮影監督のジェームズ・ラクストン(『ムーンライト』)は、観るものに話しかけ、注意をひくかのようにカメラをまっすぐに見つめる俳優たちのクローズアップと正面ショットを多用する。本作の世界と登場人物を具現化するために衣装のキャロライン・エスリンが選んだパーフェクトな明るい色の服は、インパクト絶大で大胆だ。ジェンキンスのパーフェクトな色遣いは誰にも真似できまい。

 レストランの赤いレザーのブース席であれ、ティッシュが羽織る黄色いコートであれ、彼の映像の中にあるものすべてに理由があり、すべてのショットが命を吹き込まれた美しい絵画のようだ。

 全編を通して、観るものは映画の中へ引き込まれ、その世界に酔いしれる。作品をまとめるうえでもっとも重要な役割を果たしているのは、ニコラス・ブリテルによる優雅で繊細で切ない音楽だろう。

 アカデミー賞をはじめとする数々の映画賞で作品賞に輝いた『ムーンライト』は、ジェンキンスにしか撮れない映画だ。自身の最高傑作には及ばないものの、ジャジーなサウンドトラックと同様に洗練された『ビール・ストリートの恋人たち』は、観るものの胸を打つ美しい不世出の名作だ。

 アンナプルナ・ピクチャーズ配給『ビール・ストリートの恋人たち』は、R指定。上映時間は1時間59分。2月22日(金)より公開。

By LINDSEY BAHR, AP Film Writer
Translated by Naoko Nozawa

Text by AP