【映画批評】『ルイスと不思議の時計』 ホラー監督が踏み入った危険な領域

Quantrell D. Colbert / Universal Pictures via AP

 映画『ルイスと不思議の時計』の主人公は、「foreboding(不吉な前兆)」や「indomitable(不屈の)」のような言葉を辞書で調べるのが好きな10歳の少年だ。彼は「execrable(粗悪な)」という言葉を覚えておいた方がいい――この映画を形容するのにふさわしい言葉だから。

 1973年に出版されたジョン・ベレアーズの児童向けスーパーナチュラル・スリラー小説『壁のなかの時計』を映画化した本作は、小さな子どもには怖すぎるし、大きな子どもを怖がらせるには生ぬるく、保護者には退屈で、どの層にもアピールしないというパーフェクトなツボを見つけることにどうやらその魔法を使ってしまったようだ。

 ホラーを得意とするイーライ・ロス監督は、致命的なほどこの映画に大量に付け加えられた滑稽で危険な領域に足を踏み入れて大失態を演じた。一見ハリー・ポッターの二番煎じの成長物語である本作の真の恐ろしさは、ケイト・ブランシェットとジャック・ブラックの共演にある。

 エリック・クリプキ(テレビドラマ『スーパーナチュラル』のクリエイター)が脚本を手掛けた本作の舞台は1955年。両親を亡くし孤児になった10歳のルイス少年は、ミステリアスでチョコレート好きのおじジョナサン(ブラック)と暮らすためにミシガン州のとある町へ引っ越すが、ジョナサンはなんと魔法使いだった。隣には、エレガントで紫色好きの魔女フローレンス・ツィマーマン(ブランシェット)が住んでいる。

 驚くルイスに、「そのうちわかるさ。この家は何もかもが普通じゃないんだ」とジョナサンは言う。いや、それは嘘だ――霧に煙る墓地、不気味な人形、埃をかぶった本、小さな木彫りの箱に収められた動物の骸骨、凝った装飾のブックカバー、本棚の裏の隠し部屋、壁の中から聞こえる大きな音、そして人間ではない愉快な仲間たち(今回はひじ掛け椅子とグリフォンの形をした庭木)。どれもこれもどこかで見たことがあるものばかりだ。

 原作の挿絵を描いたエドワード・ゴーリーの不気味で不穏な空気を真似ようとしたのは明らかだが、この映画は小道具と思わせぶりな音楽に頼っているだけで、一貫したトーンもビジョンも見当たらない。ウェス・アンダーソンの映画を彷彿させるシーンもあるが、ほかのシーンはむしろウェス・クレイヴン(『エルム街の悪夢』)の映画に近い。

 第1次世界大戦時代の飛行士のゴーグルにボウタイというちぐはぐな格好をした、おませでおどおどしたルイス少年は、魔法使いになる術を学び、新しい学校に慣れ、不思議の時計の謎を解き世界を救わなければならない。子役のオーウェン・ヴァカーロはその大役を見事にこなす。彼の好演を無駄にしたのは大人たちだ。

Quantrell D. Colbert / Universal Pictures via AP

 その最たるは、それぞれ別の映画に出ているようなジャック・ブラックとケイト・ブランシェットだ。ブラックはワタを吐いて襲ってくるカボチャと下ネタに彩られた茶番劇を、ブランシェットはイギリス上流社会のシリアスドラマを演じているかのようだ。お手製のクッキーについて、「ナッツが入るとおもしろくなるの」とツィマーマンは言う。そして、「この世で本当に必要なのは、たったひとりの親友だってわかったの」と、お上品にルイスに言う。

 終盤に近づくと、かの『メリー・ポピンズ』の傘のような武器を持ったブランシェットが登場し、雷のようなビームで敵をなぎ倒す。ブラックはというと、信じ難いことに、赤ん坊の体にそのひげ面が載った世にも不気味な姿で登場する(死ぬまで忘れられない映像だ)。

 グダグダなまま映画はお粗末な結末へと向かう――え? ここでカイル・マクラクランが出てくるのか? 本当にカイルなのか? これは罰ゲームか何か?――そして、作品全体を台無しにするフィナーレの、とてつもなく不愉快な、甘ったるくてしつこい熱烈なキスで終わる。

 とどめのエンド・クレジットは、本作とはまったく無関係の漫画家チャールズ・アダムス(『アダムス・ファミリー』の生みの親)のとぼけたユーモアを彷彿させる(最後まで観ていられる辛抱強い人は、ソファとグリフォンのクレジットを探してみよう)。『ルイスと不思議の時計』を観ても得るものはろくにない。おそらく、「ここは子どもの来るところじゃない」というジョナサンの警告以外は。

 ユニバーサル・ピクチャーズ配給『ルイスと不思議の時計』は、「魔術、アクション、恐ろしいシーン、下品なユーモアと言葉を含む主題的な要素」のためアメリカ映画協会(MPAA)によりPG指定。上映時間は1時間39分。

 日本では10月12日(金)より公開。

By MARK KENNEDY, AP Entertainment Writer
Translated by Naoko Nozawa
 

Text by AP