子供のレジリエンスを高める…玩具業界の新たな挑戦

Richard Drew / AP Photo

 コロナ禍を経た現在もなお、メンタルヘルスに問題を抱えている子供は多い。保護者は、子供が感情面でのレジリエンス(回復する力)を高める方法を模索している。

 そして、玩具メーカーはその実態に注意深く目を向けている。

 今はまだ初期段階であるが、玩具業界では、Mental(心)、Emotional(感情)、Social Health(健全な社会性)を組み合わせた「MESH」を玩具の名称に採用し、商品の販売を企画する企業が増えている。課題への適応力や自己理解を深める方法、対立の解消や問題解決を図るスキルを子供たちに伝えることを意図している。

 頭文字で表されるこの言葉は、子供の発達を考えるサークルやアメリカキャンプ協会によって10年前に使われていたもので、コロナ禍を経て新たな共感を呼んでいる。玩具会社ラベンスバーガーのグループ会社、シンクファンで代表を務めるラケル・ハルムート氏は2023年初め、レジリエンスを専門とする家庭医のデボラ・ギルボア氏と共同でMESHタスクフォースを起ち上げた。感情面でのレジリエンス向上を念頭に開発された玩具をメーカーが製造し、小売業者が販売することを目標に掲げる。

 ギルボア氏は「子供たちの遊びの時間をもう少し意図的に活用できるようになるとの理解を得るため、保護者や教育者に少しだけ情報を提供する必要があります」と話す。

 Science(科学)、Tech(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術)、Math(数学)の領域に力点を置くSTEAM玩具が米国玩具協会からの認証を受けているように、2024年半ばまでにはMESH玩具の認証を取得する計画を立てている。同協会の広報を担当するエイドリエン・アッペル氏によると、今後の成長分野として、MESHを継続してモニターしていく意向であるという。

 MESHであると捉えられる玩具は、図らずもすでに子供用の玩具ケースに多く並んでいる。記憶ゲームやパペット、特定の種類のレゴブロック、ポケモンカードゲーム、ダンジョンズ&ドラゴンズなどである。先日ニューヨークでは、年に一度開催される玩具業界向けの展示会が4日間にわたって開かれた。そこでは、ハンド・トゥ・マインド社やオープン・ザ・ジョイ社が手がけているような、子供たちが鏡やパペットを使って自分の感情を表現することをサポートする玩具が多く展示されており、MESHのコンセプトを特徴とする商品が多く見受けられた。

 トイ・ブック紙の編集長ジェイムズ・ザーン氏は、MESHのコンセプトを基に開発されている多くの玩具が、2024年以降続々と発表されると予想する。

 一方でMESHをめぐる懸念の一つとして、結果として実現できないものを保護者に約束してしまう可能性がある。さらに、子供のメンタルヘルスに対する保護者の不安を企業が食い物にするという危険性もはらんでいる。

 独立系の玩具アナリスト、クリス・バーン氏は「MESHが新たなマーケティングの小道具として利用されることを危惧しています。自分たちの子供が社会的、情緒的に発達していないという不安要素が植え付けられることにもなります。これは、まったくもって玩具業界が目指すべきことではありません」と異議を唱える。

 専門家によると、子供のうつ病や不安症はこの数年間で増加傾向にあり、コロナ禍での終わりの見えないストレスや心痛によって、子供たちの苦悩はさらに深刻化している。すでにメンタルヘルスの問題を抱えていたものの、リモート授業によりカウンセラーや学校が提供するサポートシステムへの繋がりが断たれてしまった子供に特に顕著であり、その対応策として多くの教育者が情操教育の重要性を強く訴え始めた。自分の感情をコントロールしたり、他者との親密で前向きな関係性を築いたりすることを後押しするようなソフトスキルを育てるものだ。

 児童心理研究所(Child Mind Institute)の注意欠如多動症・行動障害センター(ADHD and Behavior Disorders Center)に在籍する上級心理学者であり、学校と地域のプログラムの統括責任者を務めるデイブ・アンダーソン氏は、感情面におけるレジリエンス形成に同じように取り組む玩具業界の姿勢を評価した。しかしながら、保護者は企業による宣伝文句に慎重である必要があると釘を刺す。MESHタスクフォースが重点として挙げるスキルによってレジリエンスが高まることは証明されているものの、玩具自体にその能力が備わっているという証拠はないと指摘する。

 同氏は「商品のコンセプトは証拠に基づいたものですが、玩具自体がそれに裏付けされているわけではないのです」と述べる。

 バーン氏は、MESHタスクフォースが重視するスキルは、不屈の努力を養うスケートボードであれ、玩具を一緒に使うことが対立の解消につながることを学ぶことであれ、いずれも遊びの基本であるとしている。その上で「健全な家庭に暮らし、健康的な遊びに触れ、そして親からの積極的な関与がある環境で育ったならば、MESHのようなものは無意識のうちに体験していると考えます」と述べている。

 景気が低迷したまま1年を経たアメリカの玩具業界には今、ちょっとした景気づけが求められている。コロナ禍には保護者からの高い需要を受けて活況に沸いた小売店は、2022年のホリデーシーズンには余剰在庫を抱え込み不況にあえいでいた。景気は2023年になった今も停滞を続けており、サカーナが提供する小売業の追跡データによると、アメリカ国内の玩具売上高は1月からの8ヶ月間で8%減少している。

 MESHタスクフォースは当初から、ラーニング・エクスプレスなどの専門店やクレイジー・アーロンといった小規模玩具会社に提携先を限定してきた。クレイジー・アーロン社は、「シンキング・パティ」以外にも、磁石を使ってパティ(粘土)を動かす仕組みなどを組み込み、子供たちに問題解決の力を養うためのアクティビティキットを提供している。シンクファン社が販売しているゲーム「ラッシュ・アワー」はブロックをスライドさせて遊ぶロジックゲームであり、子供たちは交通渋滞からの脱出に挑む。

 このようななか、アマゾンのような大手小売企業もMESHの取り組みに目を向けている。アマゾンで玩具・ゲーム部門の責任者を務めるアン・カリーヒル氏は「MESH玩具の人気の高まりは、遊びのもつ力と、生活における玩具の重要な役割が立証されたものです」と述べている。

 イリノイ州レイク・ズーリックで、ラーニング・エクスプレスのフランチャイズ店を営むリチャード・ダー氏は、保護者に対して適切な玩具を選ぶためのアドバイスができるように、従業員への教育をこの春に行ったと話す。保護者を驚かせないようにすることが課題である。

 同氏は「誰かに駆け寄って、『こんにちは、あなたのお子さんのメンタルヘルスは、今日どんな調子ですか?』とは言いたくありません。ローカルの玩具店は、地域やお客様、学校の先生たちとの関係性が築かれているため、最初に販売する場所としては最適な環境です」と話す。その一方で、玩具メーカーはむやみにMESHという言葉を乱用するべきではないと指摘する。

 3歳と6歳、9歳の3人の男児の母親であるサラ・デイビス氏は、MESH玩具の思想を進んで取り入れようとしている。バージニア州グレート・フォールズに住む同氏によると、コロナ禍にマスクを着用していた6歳の子には言葉の遅れがあり、さらに、隔離期間中にノート型パソコンに夢中になっていた9歳の子は社会的交流に何らかの問題を抱えているという。

 デイビス氏は「学校において懸念すべき問題はない」としつつも、「コロナ禍が及ぼした長期的な影響について、今でも心配している」と述べている。

 MESHを通して感情面でのレジリエンスの形成が果たされるのみでなく、玩具自体が本当に楽しいものであることも重要だ。

 デイビス氏は「子供たちはクリスマスにこのようなおもちゃを欲しがるのでしょうか、とても気になります。今後気にかけていようと思います」と話す。

By ANNE D’INNOCENZIO AP Retail Writer
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP