バズって運命の変わった小さな店たち コーラフロート、クロナッツ…爆発的人気に

Mary Altaffer / AP Photo

 ニューヨークにあるレキシントン・キャンディー・ショップは数十年にわたってハンバーガーやフライドポテト、シェイクを提供し、常連客の空腹を満たしてきた。最後に店を改装したのは1948年で、「古き良き」という言葉がぴったりのダイナーだ。

 その店で今、新たなファンの波が止まらない。

 老舗ハンバーガーショップが新たな世界に出会ったのは2022年8月、New York Nicoの名で活動するティックトッカー兼インスタグラマーのニコラス・ヘラー氏が店を訪れたときのことだ。120万人のフォロワーを持つ同氏が注文したのは、コーラシロップと炭酸水を混ぜたドリンクにアイスクリームをのせた、昔ながらのコーラフロート。いつものように動画を撮影したところ、これが大バズリし、480万件の「いいね!」を獲得した。

 この店の3代目共同経営者であるジョン・フィリス氏は「動画が投稿された翌日、朝8時から行列ができ始めました。もう本当に、えっ!という感じでした」と当時を振り返る。

 このように小さな食堂が思いがけずティックトックなどのSNSで話題になると、突然の需要に圧倒されることがある。大勢の客に素早くサービスを提供するため、店主は臨機応変に対応し、店のオペレーションを見直さなければならない。腕のある経営者ならばそこでうまく適応し、新たに得た名声をもとに、店を永続的に発展させることができる。

 アリ・エルレダ氏は2016年、カリフォルニア州ダウニーにファティマズ・グリルをオープンし、タコスやブリトー、ハンバーガーなどの多彩なメニューで客を集めた。

 同氏は自分の娘が辛いスナック菓子を好んでいたことからヒントを得、メニューの一部に「Cheetos」の激辛チーズ味「Flamin’ hot cheetos」をまぶすことにした。2020年までに自分で音楽つきの動画を撮影するなど、レストランのSNSで存在感を高めようと努力もしていた。だが同年8月、ティックトッカーのmisohungryが同メニューの動画を投稿してから、事態は突然「クレイジーになった」という。

 入店待ちの行列が2時間待ち、3時間待ちへと膨れ上がり、それが数ヶ月も続いたのだ。当初、店は殺到する客に対応できずにいた。

 エルレダ氏は「我々の対応が追いつきませんでした。翌日の準備のために遅い時間まで残っていたのですが、それでも行列はただただ続いていったのです」と話す。

 近所に新店舗を2軒オープンしたことで、そのプレッシャーは軽減することになった。現在、デトロイトとブルックリンに新たにオープンしたレストランを含め、10店舗を展開している。この経営拡大は、1件のバズリ動画から始まったのだ。

 エルレダ氏は「SNSは人を成長させることも、破滅させることもあります。SNSのおかげで我々はフランチャイズ展開を始め、その名を世に広めることができました。ありがたいことです」と語る。

 ケビン・マッキュラー氏がテキサス州ケイティにソウルフード専門のアント・ビルズ・ソウルフード・レストランをオープンしたのは、昨年のこと。賑やかなヒューストンから30分ほど離れた郊外にあるからか、開店当初は客足もまばらだった。それが一変したのは、7月にMr. Chimetimeと名乗るティックトッカーが同店のブリスケットホットドッグやワッフル、そして接客を称賛する動画を投稿したことがきっかけだ。

 客が殺到し、その波はしばらく収まらなかった。

 マッキュラー氏は「あちこちから人が押し寄せ、店内は満席に。入店を待つ人の列は通り沿いの角を曲がってもまだ続き、真夏のテキサスで3、4時間もの行列ができてしまいました」と話す。

 慌てて商品を用意し販売員をスタンバイさせたものの、需要は圧倒的だった。近所のサムズクラブとウォルマートといったスーパーマーケットでありったけの食材を買い込み、友人らにも地域の店舗を調べてもらった。あまりの混雑に、2度ほど消防に通報された。

 マッキュラー氏は「それからの2週間は、てんてこ舞いでした。スタッフをその場で採用しましたし、あれだけの量の料理を作ったのは、人生であの時が初めてです」と当時を振り返る。

 同氏はコンサルタントを雇い、大勢の客に効率よくサービスを提供するための方法を模索した。そして、テイクアウトの注文をオンラインシステムに移行したほか、テーブルの予約システムを導入するといった手法を取り入れた。

 それから2ヶ月たった今も、レストランはまだ賑わいを見せている。かつては日に200人から250人だった来店客も、今では1日あたり800人から1000人に膨れ上がった。長期プランとして今後は移動販売を展開し、テキサス中の人々にサービスを提供したい考えだ。

 マッキュラー氏は「我々はすべてを、Chimetime前とChimetime後と呼んでいます。Mr. Chimetimeがこの小さな店に起こしたことで、我々のあり方は永遠に変わったのです」と語る。

 昨年8月、突如熱狂に包まれたレキシントン・キャンディー・ショップのフィリス氏は「9月頭のレイバーデイ頃には騒ぎも収まるだろう」と思っていた。しかし、1年経った今も混雑は続いている。

 とある平日、オーストラリア人旅行者のマックス・フェルフォリア氏(32)は話題のコーラフロートを食べに店に立ち寄った。 このダイナーをSNSで見かけたという同氏は「ユーチューブやティックトックで『街のアイコンのようなもの』として常にお勧めされていたのです。これは行って試してみるしかないな、と思いました」と話す。

 新型コロナウイルスのパンデミックで客足が激減していたフィリス氏にとって、業績が回復したことは願ってもないことだった。Nicoが訪れる以前、コーラフロートの売上個数は1日に10個程度だったが、今は平日で1日200個、週末ともなると日に500個は売れている。価格は以前と変わらず、税込みで12.50ドル。フロートを食べに来た人は、ハンバーガーやフライドポテトなどのメニューを注文することもある。

 フランス人パティシエであるドミニク・アンセル氏は、いわゆる「バズり」現象をよく知る人物の1人だ。 2013年、まだバズるなどという言葉を多くの人が知る以前、ニューヨークに新規開店したベーカリーで、クロワッサンとドーナツを掛け合わせた「クロナッツ」を生み出した。 クロナッツは新聞やテレビのニュース番組など、昔ながらのマスコミを通してブームを巻き起こした。

 当初、店ではあまりの行列に警備員を雇わなければならないほど混乱が起きたという。同氏は「朝は大混乱でした。午前2時には列ができ始め、押し合いへし合いになって、近所の人が警察に通報していました」と当時を振り返る。

 あれから10年、ほかにも多くの人気商品を抱え、香港やラスベガスにも店舗を構えている。それでも本店であるドミニク・アンセル・ベーカリーの前には、今もクロナッツを求めて行列ができる。最近は列に並ぶ人々の雰囲気も明るいという。店側も雨の日には傘を、バレンタインデーにはバラを配るといったサービスを忘れない。

 アンセル氏は「一番大切なのは、最初に過剰反応しないことだと思います。お金儲けのために、せっかくのアイデアを潰したくはないでしょう。本物を作りたいし、その商品が長く続くために投資したいと考えています」と語る。実際、クロナッツを量産する取引を持ちかけられたこともあるが、断っているという。

By MAE ANDERSON AP Business Writer
Translated by isshi via Conyac

Text by AP