企業の「たばこ排除」は効果があるのか?

AP Photo / Jenny Kane

 全米でトラックレンタル業を営むU-ホール社は、2020年の健康推進目標として、「喫煙者の採用を控える」という一風変わった目標を掲げている。

 同社は今年1月、この採用基準が合法的に実施可能なアメリカ国内の21州において、たばこおよびニコチン製品のユーザーの雇用を停止すると発表した。

 U-ホール社の代表らによると、新しい方針は今年2月に発効。これによって同社の社員3万人の健康が改善され、結果的に企業コストの削減につながる見込みだという。

 現在のアメリカでは、喫煙者の新規採用を控える方針を取り入れている企業数はごく限られている。ただし多くの企業がこれまで長年にわたり、癌、心臓病、脳卒中などたばこ関連の疾患がもたらす金銭的ロスを減らす目的で、何らかの罰金や報奨を設けてきた。

 ほとんどの企業は、このような賞罰制度を企業の健康推進プログラムの一部に組み入れている。企業の健康推進プログラムとは、通常、社員に対して運動やダイエットを奨励し、糖尿病などの病気を制御することを目的としたものだ。

 こういったプログラムに関する、専門家らによる厳密な研究が始まったのはごく最近のことだ。ここまでの結果を見る限り、企業の健康推進プログラムが実際に社員らの健康を改善している、ないしは医療費の削減につながっているとの証拠は、実はほとんど示されていない。

◆たばこがもたらす損失
 アメリカ疾病管理予防センター(CDC)によると、企業およびアメリカ政府は、喫煙関連の医療費支出として、年間1,700億ドル(約18兆円)近い追加負担を強いられている。さらに企業側には、喫煙とそれに関連する健康問題によって、1,560億ドル(約16.5兆円)の生産性ロスが生じている。

 大規模雇用主の約70%が、企業の福利厚生の一環として、喫煙習慣を持つ社員の禁煙を支援するプログラムを提供している。模範的な例としては、カウンセリング・セッションや、喫煙欲求を制御するニコチンガムやニコチンパッチ、薬剤の提供までを行っている企業も存在する。

 また大企業のうち4分の1は、喫煙者に禁煙を促す目的で、喫煙者の医療保険料を増額課金する罰則を設けている。企業の健康推進計画の策定を担うコンサルティング企業・マーサー社の調査データによると、通常、そこでの追加課金額は各社員あたり年間約600ドル(約6万4000円)。また企業全体の約10%が、報酬として償還可能なポイント制度など、その他のインセンティブを提供している。

◆健康推進プログラムの効用は?
 このように、企業の健康推進プログラムに対して年間80億ドル(約8500億円)が費やされているわけだが、専門家らによると、こういったプログラムが長期的なメリットを確実にもたらすという証拠は、実はまだ示されていない。

 カイザーファミリー財団で保険と健康推進計画の研究を行っているカレン・ポリッツ氏は、「これらのプログラムによって、実際に社員らの喫煙量や食事量が減ったり、その運動量が増えたりするという証拠はありません。いくつかの研究では短期的な改善傾向を報告していますが、持続性は認められませんでした」と述べている。

 多くの企業が「健康推進プログラムがコスト削減をもたらした」と報告しているものの、健康な社員ほど率先して健康推進プログラムに参加することによって良好な結果が実際以上に強調され、偏った結果が出ている可能性が高いと専門家らは指摘する。

 昨年、医学専門誌「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション (JAMA)」に、無作為抽出した4,000人の患者を対象とした研究が掲載された。それによると、健康推進プログラムに参加登録した社員たちの1年半後の健康状態やヘルスケア関連支出には、参加しなかった社員らとの比較において、とくに目立った改善傾向は見られなかった。

 シンクタンク「ランド研究所」所属の研究者が行った過去の研究では、ライフスタイルの改善を目標とした健康推進プログラムが、社員1人あたり平均で約157ドルの費用削減をもたらすと推定。ところがここでの削減額は、それらのプログラムの実施費用(社員1人あたり144ドル)によってほぼ完全に相殺されるとの結果が出た。

 これに対し、健康推進プログラムの支持者らは、プログラムの投資収益の検証には3〜5年以上を要する場合があると反論する。たとえば、喫煙関連の疾患が実際に発症するまでには数十年を要するケースもある。

「健康推進プログラムの効用が目に見える形で現れ、その成果が医療費の節約コストとして計上できるまでには時間がかかります」と、マーサー社代表のスティーブン・ノルドナー氏は言う。

◆社員への影響
 一部の研究者らは、「健康推進プログラムの結果として報告されたコスト削減額は、ただ単に、より健康度の低い社員の保険料負担を増やした結果として得られたものに過ぎない」との説を発表している。この説に従えば、喫煙や肥満を理由に医療保険料の追加負担を強いられた社員たちによって、彼らよりも健康な同僚たちに対する助成金の原資がまかなわれているという構図になる。

 このような罰金制度は、ただでさえ非喫煙者よりも収入額が少なく健康的にも恵まれていない傾向のある喫煙者らを、よりいっそう不利にする可能性がある。

 アメリカがん協会(ACS)は、企業は喫煙者に対して罰金を課したり喫煙者の雇用を控えたりするかわりに、スモークフリーの職場環境の実現と包括的禁煙プログラムの実施に力を注ぐよう推奨している。

「喫煙習慣のある社員が職場でサポートを受けられる環境こそが望ましいのです」と、アメリカがん協会の副代表、クリフ・ダグラス氏は述べる。「そもそも彼らが雇用すらされないというのは、むしろそれ自体が実質的な機会損失ではないでしょうか」

By MATTHEW PERRONE AP Health Writer
Translated by Conyac

Text by AP