テスラの野望に暗雲?「モデルX」に不具合続出で上がる懐疑の声 FCVとの競争のゆくえは

 米電気自動車ベンチャー、テスラ・モーターズの最新高級SUV『モデルX』の評判が芳しくない。アメリカの消費者から絶大な信頼を得ている製品レビュー誌「コンシューマー・レポート」が、『モデルX』自慢のガルウィングドアの不具合を始めとする数々の技術的な欠陥を指摘。テスラ社の株価が下落する事態となっている。

 同社は、バッテリー式電気自動車(EV)の専業メーカーで、創設者のイーロン・マスク会長は、トヨタ、ホンダなどが推す水素燃料電池車(FCV)をしばしば辛らつに批判してきた。今月初めには、低価格路線のコンパクト・セダン『モデル3』を発表し、従来の「ニッチな自動車メーカー」(フォーブス誌)から、大手の一角へ脱皮を図る方針を示したばかりだ。それだけに、『モデルX』の技術的トラブルとそれに対する同社の対応が大きな注目を集めている。

◆「大金をはたいたのに…」
 指摘されている最大のトラブルは、特徴的な自動開閉式の「ガルウィングドア」の不具合だ。同車は、かつてのスーパーカーやコンセプトカーに見られるハッチのように上方に開くガルウィング方式を、市販車としては類のない自動ドアシステムの一部として、後部ドアに採用している。しかし、これが開閉しなくなったり、異物を検知するセンサーが働かずに強引に閉まってドアに傷がついたり歪んだりする事例が報告されている。コンシューマー・レポートは「”ファルコンウィング(ガルウィング)”の後部ドアが閉まらなくなると、今度は異音だけを残して開かなくなった。運転席のドアも中からしか開かなくなった。さらには運転席の窓も、動きを妨げている縁取りパーツを外さなければちゃんと開かない」と、ドア周りの惨状を報告している。

 昨年9月から納車が始まっている『モデルX』の販売価格は13万8000ドル(約1500万円)。コンシューマー・レポートのテスト担当者、ジェイク・フィッシャー氏は、ラジオで「統計的な見地で言えば、この車は平均的な自動車よりも問題を多く抱えている。それは良いことではない。これだけの多額をつぎ込むのなら、誰でも毎日頭痛の種なく素晴らしいパフォーマンスを発揮することを求めるものだからね」とコメントしている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、実際に『モデルX』で子供たちを学校に送ろうとしたところ、ガルウィングドアが開かなくなり修理に出したという女性オーナーの事例を紹介。このユーザは、「あれだけのお金をつぎ込んだのに、ドアが開かないなんてがっかり」と語り、友人たちの手前恥ずかしいとコメントしている。

 座席を固定するラッチが衝撃で外れやすいという問題も発覚。これについてはリコールが始まっているという(WSJ)。さらに、「自動運転モードの際、車線が途切れると制御が混乱する」「フロントガラスの曲線的なデザインにより、ヘッドライトやテールランプ、街灯の光が二重に見える」「塗装の不具合」「頻繁に結露する中央ダッシュスクリーン」「不十分な暖房機能」といったトラブルが指摘されている。これらはいずれも、自動車メーカーとしての十分な技術的蓄積がないベンチャー企業ゆえの問題だと見る向きが多いようだ。フォーブス誌は、「自動車業界のベテランたちは、実際に問題のいくつかを予測していた」とし、その一例として「業界の誰もがうまく機能しないと言ってきた自動ガルウィングのせいで、モデルXは量産不能だと思われる」という、元GM副会長のボブ・ルッツ氏が昨秋テレビで語ったコメントを紹介している。

◆株価下落で大手脱皮の野望に暗雲
 一方、当のテスラ社は、コンシューマー・レポートの指摘に対し、強気のコメントを発表している。「我々は世界一信頼性の高い車を作ろうとした。確かに初期生産のモデルXにいくつかの問題が認められたが、広範囲には広がってはいない。我々は各オーナーと密接に連絡を取り合い、早期問題解決とトラブルを未然に防ぐ努力をしている。我が社のこうした取り組みは、98%の顧客が次にまたテスラを選ぶと答えている理由の一つだ」

 しかし、市場の反応は懐疑的だ。コンシューマー・レポートが、「生産初年にこの車を買うのは避けた方がいい」と書いた直後の19日、テスラ株の終値は2.6%下げ、247.37ドルとなった。一時は5%近くも下げたという。J.Pモルガンの自動車株アナリスト、ライアン・ブリンクマン氏は、「私は、テスラに懐疑的にならざるを得ない多くの理由が残されていると思っている」と、インターナショナル・ビジネス・タイムズ(IBT)に述べている。

 ブリンクマン氏の発言は、テスラ社が「年間50万台」という大手並みの販売目標をぶちあげたことを踏まえている。その主力となるのは、次期モデルの普及価格帯(基本価格3万5000ドル)のコンパクト・セダン『モデル3』だ。『モデル3』は既に40万台の予約が入っており、テスラ社は 2017年末以降、2020年までに予約分を納車するとしている。しかし、ブリンクマン氏はこれについても、達成は難しいという見方を示している。一方、フォーブス誌は「モデル3が予約した全員に本当に納車されれば、テスラは5年以内に米国内におけるVW(独フォルクスワーゲン社)くらいに大きくなるかもしれない」と記している。いずれにしても、『モデルX』の数々の不具合により、テスラの野望には早くも暗雲が立ち込めているという見方が広がっているのは確かだ。

◆FCV勢はインフラ整備の遅れがネックか
 一方、マスク会長に“走る爆発物”などと揶揄されているFCV勢は予想を上回る好調が伝えられている。トヨタは2014年12月に販売開始した『MIRAI』の受注好調を受け、年間生産台数を2015年の700台から、2016年は約2000台、2017年は約3000台に拡大するとしている。トヨタに先行を許したホンダも、今月18日に新型FCV『クラリティ』の試乗会を開催し、リース販売を開始した。来年中に一般販売もスタートする。

 一方、インフラ整備面では、FCVはEVに遅れを取っている。当面の販売先である日本、北米、欧州で、水素ステーションの数がEV向けの充電スタンドに比べて圧倒的に不足している。ホンダは『クラリティ』の販売開始と同時に、従来の水素ステーションに比べて設置面積が20分の1から30分の1、コストも10分の1程度だという「スマート水素ステーション(SHS)」を発表し、巻き返しを図っている。

 昨秋から『MIRAI』が販売されている米カリフォルニア州でも水素ステーションの不足が叫ばれているが、事態は少しずつ動いてはいるようだ。今月19日には、北のサンフランシスコと南のロサンゼルスを結ぶ中間点のハリス・ランチという町に、中部セントラル・バレー唯一の水素ステーションが開業したと地元紙が報じている。一方で、技術的なトラブルや経済的な問題により、ただでさえ数が少ない水素ステーションの稼働率は同州で低い水準にとどまっているとも報じられている。

Text by 内村 浩介