産経はスケープゴート? 真の狙いは韓国メディアの政権批判封じか 海外紙が懸念
セウォル号沈没事故当日の韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の所在をめぐる、産経新聞ウェブサイトの記事が、朴大統領に対する名誉毀損(きそん)の疑いがあるとされ、韓国の検察当局は8日、産経新聞前ソウル支局長の加藤達也氏を在宅起訴した。
この問題をめぐっては、韓国の国内世論と、国外メディア・識者との間で、捉え方に大きな隔たりがあるようだ。
◆真の標的は産経新聞ではない?
Daye Lee、Victor Cha両氏による論説(ザ・ディプロマット)は、起訴に疑問を呈すとともに、韓国メディアを萎縮させる意図があるのでは、という見方を紹介している。
産経新聞は韓国国民にとって、日本の極右新聞として批判されていた。国民は、今回の起訴を、大統領を侮辱した同紙に対する適切な処罰と認識しているかもしれない。エコノミスト誌も、産経新聞に同情を感じている韓国国民はほとんどいない、と報じる。
韓国の自由主義運動団体「人権のための市民連帯」のOh Chang-ik氏は、これこそまさに加藤氏が「スケープゴートとして申し分ない」理由である、と語ったそうだ。同氏によれば、今回の訴訟は、韓国の国内報道機関を恐れさせ、委縮させる企てであるという。同氏は、検察は、大統領サイドの意向を受けて起訴に踏み切った、との見解のようだ。
◆世界のさまざまな報道者団体から批判の声上がる
ザ・ディプロマットの論説は、これは本質的に報道検閲であり、韓国国民は、政府が下した無分別な決定に反対していてしかるべきである、と語る。この件に関しては、日本も含め海外メディアから批判されている。加藤氏の起訴は「権力による脅しに他ならない」もので、世界の先進的民主主義国の価値観からすれば、容認できないものである、とするものだ。
ガーディアン紙は、報道の自由を擁護する複数の団体が、加藤氏に対する起訴を取り下げるよう求めていると述べ、これらの批判について具体的に伝えている。
パリに本部がある「国境なき記者団」は、加藤氏の起訴に「あぜんとした」、との声明を発表、起訴を非難した。同団体の報道代表は、問題となった記事の内容は「公益に関わる事柄」だったと擁護している。
ウィーンに本部がある国際新聞編集者協会は、「韓国が加藤氏を名誉棄損罪で起訴したことは、報道分野における国際的な価値観に背いており、自己検閲にもつながるものだ」と批判した。
ザ・ディプロマットの論説は、国のトップの所在は、公益にまつわるありふれた話題であることを考えれば、海外の観察者にとって、韓国政府の対応はまったく不可解なものだ、と語っている。
◆韓国で独裁政治的傾向が再び姿を見せ始めている?
韓国で最近、政府側による言論の監視、検閲の風潮が強まっていることについて、エコノミスト誌らは懸念を表している。ザ・ディプロマットの論説は、今回の加藤氏の起訴は、近年強まっている、ひそやかな、しかし不穏な検閲の風潮のほんの一部でしかない、と語る。
エコノミスト誌によると、朴大統領は先月、大統領を侮辱することは「一線を越えている」と語った。すると検察はすぐにネットでの虚言と名誉棄損を監視するチームを設立したという。ソウル国立大学のCho Guk氏にとっては、これは、朴大統領の亡父・朴正煕氏の軍事独裁政権的な風潮への、気の滅入るような逆戻りであるという。
韓国では「カカオトーク」というメッセージアプリが、最大のユーザー数を抱えている。記事によると、このアプリのユーザーなど、およそ100万人が、当局による監視を嫌い、暗号化されているドイツ製アプリ「テレグラム」に、1週間のうちに移って行ったとのことだ。
◆名誉棄損罪は政府にとって都合のいい検閲道具?
エコノミスト誌は、かつては国家安全保障法(による言論弾圧)が、批判を抑圧するために乱用されたが、現在では、名誉棄損罪の法律が、政府による選別の道具になっている、とCho氏が語っていることを伝える。同誌は、過去にも、当時の大統領が、メディアを名誉棄損罪で訴えた例があることを伝えている。
ザ・ディプロマットの論説は、何が本当に名誉棄損で、何がそうでないか、とりわけ政治指導者についてなされた発言について考える場合には、線を引くことは難しい、と指摘し、名誉棄損というのは危険な用語だ、と語っている。さらに、検閲はひとたびどこかで実行されると、他の箇所へと容易に進行していく可能性がある、と警告する。
産経新聞の件がくすぶり続けるかぎり、加藤氏に対する厳しい処遇について不安を抱いた韓国メディアは、自己検閲を行うかもしれない、とエコノミスト誌は語る。韓国のジャーナリストたちは、日本に関して何か好意的なことを書くことは、現在の風潮ではほとんど不可能だと、内内に認めているという。
だとすれば、韓国メディアはこの問題で、正面切って産経新聞を擁護することはできず、そのぶん政府に対する批判もトーンダウンせざるを得ないだろう。検閲を既成事実化する狙いが政府側にあったとすれば、実に巧妙にターゲットを選んだ、と言うほかない。