侵攻から80年、なぜいまポーランドはドイツに賠償を求めるのか?

Petr David Josek / AP Photo

◆現政権が反論 条約は無効
 ところが、ポーランド現首相のマテウシュ・モラウィエツキ氏は、ポーランドはドイツから適切な賠償を受けていないと主張する。現在進行中のポーランド議会の委員会では、現在の額にして8500億ドル(約90兆円)の損失が発生したと分析している。

 与党PiSはそもそも1953年の条約は無効だという考えだ。当時の政権には、衛星国東ドイツを戦争責任から解放したいというソ連の圧力があった。同じ衛星国という立場上、ポーランドは賠償請求権を放棄させられたとし、公平な交渉ができなかったとしている(ロイター)。

 前述の委員会を率いるアルカディウシュ・ムラルチク氏は、戦後受け取った補償は少額すぎたと述べる。また、まったく賠償金を受け取っていないポーランド人の高齢者がいる反面、ユダヤ人には賠償がされており不公平だと話している。2018年のドイツとポーランドの世論調査では、ポーランド人の46%が賠償要求を支持しているが、ドイツでは76%が反対している(BBC)。

◆政治と歴史を結びつける与党 賠償問題を利用?
 ドイツの侵攻から80年もたったいま、ポーランドがドイツに補償を求める理由は何であろうか。ロイターによれば、補償の話が再燃したのは2015年に右派のPiSが政権を取ってからだ。同党にとって戦争の記憶はその「史実に基づく政治」の主要な綱領であり、ヨーロッパはナチス支配下のポーランドの苦しみや勇敢さを十分に理解していないとして反発している。PiSの野望は世界でポピュリストたちが歴史修正主義を利用するいま、有権者のナショナリズムを煽ることだとする批評家の声もある。10月には総選挙を控えており、賠償要求は国内の有権者向けでもあるようだ。

 BBCは、ポーランドの対外的イメージ向上が、理由の一つではないかとしている。ポーランド政府は、世界のメディアがナチス時代に自国にあった収容所を「ポーランドの死の収容所」と報じることを懸念しており、この時期の歴史の書き換えを試みているという。

 ポーランドでは、ナチスのユダヤ人大量虐殺が行われた収容所を「ポーランドの死の収容所」と表現することを禁じる法律が2月に成立した。この法律では、ナチスの犯罪にポーランドが加担していたと主張する者を罰することができる。ポーランドがホロコーストへの協力者だったという印象を与えたくないのが理由だが、法案成立当時はイスラエルやアメリカをはじめ世界中で物議を醸した。賠償請求には、ポーランドはむしろ被害者であるとアピールする目的があるようだ。

Text by 山川 真智子