世界は黒人と団結できるか ―「レイシズム」の定義をめぐる闘争

米国ワシントンD.C.にある「国立アフリカンアメリカン歴史文化博物館」の順路は、15世紀に遡る奴隷制の歴史解説から始まる(筆者撮影)

◆「レイシズム」の定義改訂を求める動き
 先月、米国ドレーク大学を最近卒業したばかりの22歳の黒人女性、ケネディ・ミッチャムが、辞書の出版で世界に名の知れた米国のメリアム・ウェブスター社に対して、「racism(人種差別)」の定義改訂を求め、以下の内容を含むメールを送った。

「人種差別とは辞書に書かれているように、肌の色に基づいた人種的偏見だけでなく、社会と制度の権力に結び付いた人種的偏見です。人種差別は、肌の色に基づいた有利・不利が生じる社会システムです」(英ガーディアン紙

 ここで重要なのは、社会システムの格差や不平等そのものを人種差別と捉え、個人的な人種的偏見(prejudice)と人種差別(racism)を区別するべきだという点だ。メリアム・ウェブスターの辞書における現行の定義のなかにも、「“racism”(の偏見)に基づいた政治・社会システム(2-b)」との言及がある。しかし、この定義だと、人種偏見がなくなればいいという議論で終わってしまい、とくにアメリカ社会の不平等、つまり黒人が直面している白人との構造的格差の解消にはつながらない。「カラーブラインド」や、人種は「人類(human race)」だけ、という主張は、理想かもしれないが人種差別の現状を無視したものだ。

 ミッチャムは、racismの定義に「構造的な弾圧(systemic oppression)」という単語を使うべきだと主張する。個人が「差別をしないこと」では、社会課題は解決せず、黒人の命は奪われ続けるという社会の現状は変わらない。メリアム・ウェブスター社は、ミッチャムの提言に基づいて、定義の改訂を進めるという方針を明らかにしている。

◆「レイシスト反対」と「レイシズム反対」は違う
「Black Lives Matter」の訴えを本当に理解して行動を起こすためには、メリアム・ウェブスターの辞書での一つ目の定義である、レイシズムは「信条(belief)」であるという概念すら、もはや捨てたほうがいいのかもしれない。先月、構造を紐解く解説やエッセイ記事で知られるオランダ発のウェブメディア『コレスポンデント』で「Othering(他人化)特派員」として発信する、ナイジェリア人作家・活動家のOluTimehin Adegbeye(オル=ティメヘン・アディグベイェ)が、「本当のレイシズムとは(ヒント:個人の態度や信念だと思ったら、それは間違い)」と題したエッセイ記事を配信。アディグベイェは、人種差別的な考えや態度に焦点を当てること、つまり個人個人が「レイシスト」かどうかを議論することで、レイシズムが構造的な課題であるという事実を曖昧なものにしてしまうという点を指摘した。

 多様性を擁護したり、グローバル市民と捉えたりするようなリベラルなエリート層に属する人々ほど、自分自身はレイシストであるはずがないと考えがちだ。差別的な発言や用語には敏感であったり、親しい黒人の友だちや同僚がいることが、しばしば自分自身がレイシストではないことの証明だと感じたりするだろう。(筆者も例外ではない。)

「多くの人がレイシズムは、態度や信条、さらには振る舞い・行動のことだと考えがちですが、それは間違い。レイシズムは社会システムです」とアディグベイェは断言する。

「(人種差別的な態度や行動をとる)人々も、実際黒人が嫌いという人は限られているはず。彼らは、欧州中心的な権力を維持し、アフリカ人とアフリカ系の人々の人間性を否定し、除外するようにデザインされたシステムのなかで、普通に行動しているだけ。レイシストじゃなくても、人種差別に加担しうる。それがこの社会システムの現状です」と彼女は説明する。

2016年9月、スミソニアン博物館群の一角に「国立アフリカンアメリカン歴史文化博物館」がオープン。「チェンジ」を呼びかけるオバマ大統領の言葉とならび、ガーザの「Our Lives Matter」という言葉も展示されている(筆者撮影)

 黒人というだけで差別される社会システム(=レイシズム)を受容し見過ごしていることで、わたしたちは全員レイシストなのだ。黒人の知り合いがいようと、黒人と結婚していようと、はたまた自身が黒人であろうと、「反レイシズム」の行動を起こして初めて、「反レイシスト」になりうるとアディグベイェは主張する。反レイシズムとは、肌の色や感情論ではなく、白人至上主義的な権力に抗い、黒人の安全や健康、自由や権利といった人権を促進することだ。奴隷貿易に遡る黒人の人権剥奪を認識してこそ、「Black Lives Matter」の訴えがあまりにも基本的で、本来なら、とっくに実現されているべきものだと再認識させられる。

「レイシズムは(時代とともに)展開したが、中心概念は変わっていない。アフリカ人であること、作られた「黒人」という人種であるということは、欧州中心主義の権力を維持する社会システムで生きているということなのです」とアディグベイェ。

 だからこそ、わたしたちは、この社会システムに抗い、黒人の怒りと悲しみに共鳴しなくてはならない。これ以上、課題解決を先延ばしにはできないのだ。「Black Lives Matter」。

1968年のメキシコ五輪の表彰台で、金メダリストのトニー・スミスと銅メダリストのジョン・カーロスが人種差別への抵抗を表す「ブラック・パワー・サルート」をおこなったシーンを型取った銅像。銀メダリストのピーター・ノーマンも同調し、2人と同じ「The Olympic Project for Human Rights(人権を求めるオリンピック・プロジェクト)」のバッジを着用して表彰台に立った(「国立アフリカンアメリカン歴史文化博物館」にて筆者撮影)

Text by MAKI NAKATA

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