チョコレートから学ぶこと

© foo CHOCOLATERS

 そして最近、その難しさの一端を体感することになった。尾道の〈フー・チョコレーターズ〉主催のトークに出演した際に、すり潰したカカオからチョコレートを作るワークショップに参加したおかげである。カカオの実から豆を取り出し、それを発酵・乾燥させてローストし、これを砕いたものを「風選」(殻を取り除く)、そして「磨砕」(すり潰す、砂糖を加える)という工程を踏んでペースト状にする。カカオは時間をかけて練り上げればとろみのある液体状になっていく。このあと、テンパリング(調温)というプロセスによって緻密に温度を上げたり下げたりすることで、チョコレートとして固まる適切な状態に変化する。ペースト状にするところまでの過程はそれほど難しくなかったけれど、その後、〈フー〉のスタッフが手際よく温度調整をしながらチョコレートを練り上げていく様子にため息が出た。機械を使って生産量を上げるにしても、一貫した味を保つためには、人間による緻密な管理と、きめ細かい手作業が必要なのだということが容易に理解できたからだ。

 ちなみに〈フー・チョコレーターズ〉は、ガーナ、ハイチ、エチオピアといった産地から直接購入するカカオを使う〈ウシオ・チョコラトル〉のシスター・ブランドだ。各地のカカオの味の特色を最大限に引き出すことを考えて作られた〈ウシオ〉の進化系として、動物性の原料を使わないヴィーガニズムの原則を守りながら、ミルクに近いクリーミーさを、カシューナッツを練り込むことで出している。

 こうやって日本で楽しめるチョコレートも幅が広がっているのだ、と考えて、沖縄で訪れた〈タイムレス・チョコレート〉のことを思い出した。取材したのは、北谷でショップを開いたオーナーの林正幸さんだった。アメリカからオーストラリアまで転々と旅して、メルボルンでコーヒー業界での経験を積んだあと、沖縄を目指した。コーヒーの道を追求するうちに、エスプレッソに砂糖を入れてマリアージュを起こすヨーロッパのコーヒーの飲み方に注目し、サトウキビの産地である沖縄に行こうと決めたのだと話してくれた。ところが沖縄に来た林さんを魅了したのは、サトウキビそのものだった。

 「八島黒糖といって、八島(沖縄の八つの島)で作られた黒糖の味比べをしています。西表島、波照間島、多良間島などそれぞれの土地で、品種、育て方、炊き上げ方によってまったく味が違うんです」

 昔ながらの方法で炊く黒糖と出会った林さんは、ガーナ、ベトナム、キューバ、コロンビアといった国で穫れたカカオ豆を焙煎して、今も昔ながらの窯炊きで作られる黒糖を使って、チョコレートを作っている。

 カカオも沖縄で作りたい、と林さんが石垣島にカカオの木を植えたことを教えてくれた。カカオがぎりぎり育つ気候と言われる沖縄で、カカオを発酵させるときに出る液のみを肥料として使う完全自然栽培でやっているから、チョコレートの生産に間に合うだけの収穫量にたどり着くのに何年かかるかわからない。けれど、林さんがカカオを栽培する究極的の目的は、チョコレートのためのカカオを収穫することではない。時間をかけて自然栽培をして、土壌のミネラルを豊かな状態に回復させることが目標だという。

 「4、5年発酵液をかけながら木を育てていくと、土壌のミネラルが豊富になり、 土を食することすらできる状態になる。微生物が生まれて、豆に虫がつかなくなり、水がきれいになる。そういう土地との付き合い方をしていこうと考えています」

 こういう考え方が単に「おいしい」の追求という欲望の表現にとどまらないのは、その背景に、こうした製法を脅かす危機的状況があるからだ。除草剤や汚染によって、世界的に土壌の喪失が見られる現実については前にも書いたが、林さんが沖縄で発見した「サトウキビを釜で焚いて砂糖にする」昔ながらのやり方は、今でこそなんとか生き残っているとしても、その製法を知る人たちの高齢化や、それを学ぼうとする人たちの稀少性を考えると、今後の寿命については楽観できない。

 こうやって、「おいしい」を追求する人々から、経済成長と効率が最優先された結果、絶滅の危機に瀕している昔ながらの手法や味について学ぶ。彼らは純度の高い原材料に自分たちのセンスと方法論を加えることで、新たな味を提供しながら、今味わうことのできる「おいしい」ものが永久に続くものではないと警鐘を鳴らしているようでもある。

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Text by 佐久間 裕美子