インディペンデント文化のその後
〈サー・ケンジントン〉の買収が決まったとき、付き合いのあったファウンダーのスコット・ノートンに話を聞いたが、強調したのは幸せな買収であることだった。「僕らの仕事はこれまでどおりで何も変わらない。単にこれまで苦労して捻出していた商品開発の資金ができたということだ」。〈サー・ケンジントン〉は以後着々と商品の数を増やし、スコットは今もその陣頭指揮を執っている。〈ブルーボトル・コーヒー〉だって、買収以降、店舗数を増やし続けながら、より細分化されたメニューを実現し、スペシャリティコーヒーの究極を目指す道を突き進んでいるように見える。
ただし、いま「幸福な買収」と思われているものが、このまま長期的にその状態を維持できるのか、それを予測するのは難しい。つい最近も、同じように幸せな形で買収されたはずの〈ベストメイド〉ファウンダーのピーター・ブキャナン・スミスが、買収後約1年半でクリエイティブ・ディレクター職を辞任したというニュースが入ってきたばかりだ。
大企業の傘下に入る道を選択した会社の共通点は、「成長を目指した」ところにあるだろう。ところが、「成長を目指さない」道をあえて選ぶ組織やブランドもある。たとえば、インターネットのクラウドファンディングの草分け〈キックスターター〉は2017年に、会社の規模拡大を追求しないこと、買収されないこと、株式公開(IPO)しないことをわざわざ発表した。2015年にはBコープに組織改編していた〈キックスターター〉は、インディペンデントであることにコミットし続けると宣言したのだった。
テクニカル素材を使った街着のブランドとして〈ベストメイド〉と同じ頃に創業したブルックリンの〈アウトライヤー〉も、独立した存在としてやっていくことにコミットし続けているブランドである。ひとつの商品を最低限のロットで生産して、売る。その結果、ファンの欲しい気持ちが煽られ、実際に売り切る、という方程式で成り立っているため、売上が見込みやすく、在庫のリスクも抑えられる。この慎重な駒の進め方が功を奏して、組織としての規模感が格段に大きくなったわけではないが、今は独自の素材開発もできる程度にはなった。「ブランドを売ることは絶対にない」と、ファンダーのエイブ・バイマ-スターは言い切る。
かつて、経済は常に右肩上がりに拡大するべきで、成功とは成長し続けることだ、という考え方が絶対的な正解の時代があった。しかし、不況とともに文化のメインストリームが崩壊しかけたときに、インディペンデントな文化が花咲き、また、一般消費者層からも訴求が生まれたことで、ブルックリンやポートランドといった、インディー文化の土台になったコミュニティに、大企業からの資金が流れ込んでいった。それと同時にジェントリフィケーション(高級化)が進み、インディーな文化がはじき出される、というようなエピソードは後を絶たない。
心情的には、アメリカで、特にニューヨークのような、生きるだけで高コストな場所で起業して、買収される道を選んだブランドを責めることはできない。ただ、「成長が当たり前」の世界から独立して始まったはずの存在が「成長」のためにメインストリームの傘下に入ったことには、一抹の皮肉を感じないわけにはいかない。そんななか、リスクを抱えながら、成長よりも独立性の維持を声高に選び、生き残ることに成功している組織には、感服する気持ちを持たずにおれない。
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