「自由世界のリーダー」引退 メルケル後の世界、16年のレガシーとは
◆信頼度を維持し続けた「自由世界のリーダー」
生まれは西ドイツのハンブルグだが、生後すぐに東ドイツに移住したため、冷戦下の東ドイツで育ったメルケル。1973年にライプツィヒ大学に入学し、物理学を専攻。その後、1986年に量子化学の博士号を取得した。理系の研究者としてのバックグラウンドを持つメルケルは、政治の世界においても事実に基づいた判断や政策決定で知られている。メルケルの判断は常に実利的なものであった。カンバーセーションの記事によると、「物事は機能する(funktioneren)ものでなければならない」というのが彼女のマントラだ。彼女は(男性)リーダーの理想像の表現にあるような「まず行動する(men of action)」というタイプとは逆で、「先延ばしの天才(Die Zauderkünstlerin)」と呼ばれたという。つまり、事実や証拠を集め、最後の最後で事実ベースの判断を下すというやり方だ。行動に移す前に、決断を熟考することを意味して、「メルケルする(Merkeln)」という動詞まで使われるようになった。
任期中、メルケルは「クライシス・マネージャー」として手腕を発揮した。2010〜12年にピークとなったユーロ危機においては、「ユーロが失敗すれば、欧州も失敗する(Scheitert der Euro, scheitert Europa)」として、財政危機に陥りユーロ圏離脱も危ぶまれたギリシャなどに対して、救済措置(bailout)を実施する決断を下した。さらに、もう一つの危機が2015年の難民危機対応としての移民受け入れの判断。その8割はシリア、アフガニスタン、イラクから逃れてきた人々だ。ユダヤ人排斥という歴史を経たドイツにとっての、非常に重要な歴史的瞬間となった。一方で、大量の難民受け入れに対しての反動で、極右政権が勢力を伸ばすという結果ももたらした(ニューヨーク・タイムズ)。
メルケルが首相の座にあった15年以上の間、日本では8人の首相が政権を握り、米国とフランスでもそれぞれ4人の大統領が政権を握ってきた。彼女は、とくにオバマ政権後のトランプ政権時代、「自由世界のリーダー(Leader of the Free World)としての役割を期待され、ドイツ、EUだけでなく、全世界の文脈において、そのリーダーシップを発揮。ピュー・リサーチ・センターの調査によると、調査の対象となった米国・カナダ、欧州8ヶ国、アジア太平洋の6ヶ国のうち、ギリシャ以外のすべての国において、メルケルは好意的に見られている。16ヶ国の平均では8割の人が好意的という意見を示した。ギリシャに関しては、EU危機における、ユーロ離脱も危ぶまれたギリシャの財政危機に対するドイツの救済措置と緊縮財政政策が関連しているとクオーツは分析する。また、16ヶ国のほとんどの国において、メルケルに対する信頼度は、米バイデン大統領、仏マクロン大統領、露プーチン大統領、中国習近平国家主席に対する信頼度を上回る。欧州・世界のクライシス・マネージャーの引退は、少なからず惜しまれるものとなりそうだ。
※本文中「1973年にライプニッツ大学に入学」は、「1973年にライプツィヒ大学に入学」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。本文は訂正済みです。(10/5)
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