2024年10月12日から2025年3月16日まで、パリのカルティエ現代美術財団にて、コロンビア出身のファイバー・アーティスト、オルガ・デ・アマラル(Olga de Amaral)が、1960年代から今日までに制作した、約80点の作品が集結。本記事では、繊維と織物の可能性を最大限に引き出し、傑出したテキスタイル作品を生み出し続けてきた彼女の作品で埋め尽くされた展覧会の様子を紹介する。

オルガ・デ・アマラルの略歴

アマラルは、1932年にコロンビアのボゴタで生まれた。1954年、ミシガン州のクランブルック芸術アカデミーに留学し、テキスタイルデザインと織物を学ぶ。翌年、コロンビアに帰国し、テキスタイル作家としての活動を開始。また1957年には、ポルトガル系米国人アーティストのジム・アマラルと結婚し、装飾ファブリックの会社を共同設立した。

1960年代初め、アマラルは縦型の手織機を用いた織物技術の研究を進めると同時に、ボゴタのロス・アンデス大学にテキスタイル学科を設立した。1960年代後半になると、彼女の作風は平面的な織物から、より大規模で彫刻的な表現へと発展。この時期から、彼女の作品はビエンナーレをはじめとする美術展に出品されるようになる。1969年にはボゴタで初の大規模な個展を開催。さらに、ニューヨーク近代美術館(MoMA)での展示や、グッゲンハイム・フェローとしてパリで1年間創作活動を行うなど、国際的な舞台へと活躍の場を広げていった。

パリのカルティエ現代美術財団におけるアマラル作品の展示は今回で2回目。前回は、2018年の『Southern Geometries(南米の幾何学)』展で、6点が選ばれた。今回は欧州における初めての大規模な回顧展という位置付けで、これまでコロンビア外で展示されたことのなかった作品も数多く含んだ78作品が展示された。

建築家が設計した贅沢な没入体験

今回、展示設計を手がけたのは、パリを拠点に活躍するレバノン人建築家のリナ・ゴットメ(Lina Ghotmeh)。過去、日本人建築家、田根剛らとともエストニア国立博物館の設計を手がけたこともある。今年2月には、コンペの結果、ゴットメの事務所が大英博物館リニューアルを手がけることが発表された。

アマラルの回顧展の空間設計は、アマラルの作品にならい、地方やコロンビアの風景に着想を得ている。特に、1階部分の設計はガラス張りの建物と、それを囲む庭の景観が活かし、外と中の隔たりを曖昧にした。入館して最初に来場者を迎え入れる1階の大きな展示空間には、高さ7メートル、横幅8.3メートルの巨大な作品を含む、8つのタペストリーが天井から吊るされ、足元には鋭い直線的なフォルムが特徴的な岩が複数配置された。結果、岩のインスタレーションがコロンビアの景観を表現した深みのある織物作品を補完し、見るものを惹きつけるパワフルな展示空間が生みだされた。

この最初の空間に展示されていた作品のほとんどが、ウールと馬の毛を使ったもの。馬の毛の粗さが、ユニークなテクスチャーと力強さを生み出し、彫刻のような存在感を放っていたのが印象的であった。

入口と階段を挟んで1階部分の反対側には、アマラルが2013年から制作している『ブルーマス(Brumas、スペイン語で「霧」の意味)』のシリーズが展開。これまでに制作された34点のうち、23点もの作品が一つの空間に展示された。このシリーズは、簾のように並べられた何千本もの木綿の糸に、ジェッソ(アクリル系の下地材)とアクリル絵の具を重ねて幾何学模様を描いた作品。天井から吊り下げられることで、霧雨のような視覚効果が生み出され、来場者はみなその繊細さと美しさに目を奪われていた。

筆者が訪問したのは夕方。到着した時点では、館内は日没前の強い西陽で充満しており、ブルーマスシリーズは虹のように浮かび上がっていた。一方、日没後は館内の柔らかいスポットライトに当てられた作品が、ガラス窓に映り、宝石のような輝きを放き、違った表情を作り出していた。

テキスタイル作品が織りなす、神聖な空間

地下のメインギャラリーでは、アマラルの軌跡を辿る33作品が緩やかな螺旋状を描いた。螺旋は、ギャラクシーのような雰囲気を持った渦巻きが描かれた作品『Núcleo I(核 I)』から着想を得て、デザインされたものだそうだ。

彼女の70年代の作品は、編み込んだり、結んだり、ねじったりと、さまざまな繊維素材を加工したり、麻、ウール、馬の毛、さらにはプラスチックといった素材に挑戦したりした結果、生み出されたもの。また、先コロンブス期(欧州の植民以前)の工芸品に着想を得たものもある。

初期の作品は天然素材の特徴が際立つ作品が多いが、70-80年代以降の作品には金箔が多く使われている。金メッキの手法は、カトリック教会の内装を想起させるものでもあるが、先コロンブス時代の金細工やその重要性とのつながりもある。金メッキを使った作品は、目に見えないものとの対話を促すような存在でもあるのだ。

そして最後の展示室は、『Estelas(星)』と題されたシリーズ作品がならぶ、小さな円形状の空間。このシリーズは、1996年に開始し、現在までに70点制作された。有機的な形状をした石碑のようなテキスタイルが、空間の中央にかけられており、来場者は作品を囲むように設計された壁際のベンチで休憩しながら、ゆっくりと作品に見入っていた。こちらの作品も、片面には金箔が施されており、神聖な空間を生み出していた。

パリで感じた南米の創造性

アマラルは、これまで装飾品として扱われてきたテキスタイルの可能性を広げ、ファイバー・アートという新たなジャンルを切り開いた先駆者の一人である。パリでの展示では、彼女がコロンビアを拠点に地域の文化を取り入れながら実験的な作品を生み出してきた点が特に印象的だった。一方で、これほど影響力のあるアーティストにもかかわらず、欧州で大規模な展覧会が今回初めて開かれたというのは意外であり、「グローバルサウス」の創造性がまだ十分に評価されていない現状を示しているようにも思える。

今回のパリ滞在中には、ブラジルのデザイナーデュオ「エストゥディオ・カンパーナ」との長年の協業に関連したルイ・ヴィトンの展示イベントが開催されていたほか、ファッションブランド「ルメール」がチリの彫刻家カルロス・ペニャフィエルとコラボレーションしたレザーグッズを発表するなど、偶然にも南米の創造性を感じさせる機会に遭遇した。

「グローバルサウス」や「南米」とひとまとめにするつもりはない。しかし、南米の風土や文化に影響を受けたクリエイターの作品には、天然素材や自然の景観の魅力を最大限に引き出す力強い創造性が感じられた。今年9月にブラジルで開催されるサンパウロ・ビエンナーレをはじめ、今後も“南米の創造性”に注目していきたい。


Photo by Maki Nakata(一部提供写真)

Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383