カマラ・ハリスのヴォーグ表紙、なぜ批判を呼んだのか
◆表紙写真をめぐる論議
雑誌の表紙として採用された写真は、より「カジュアル」な雰囲気があるが、それが副大統領という権威ある立場の人物の表現としての迫力や敬意に欠けているという意見や、ヴォーグの表紙としての完成度が低いなどという意見が挙がった。また、照明がハリスの肌の色を白人のように見せているというような批判も出た。こうした意見に対して、ヴォーグ編集長のアナ・ウィンターは「次期副大統領の素晴らしい勝利の重要性を低下させるといったような意図は一切なかった」とコメント。また、カジュアルな写真は、パンデミックという悲惨な現状、親近感、そしてバイデン・ハリスの選挙活動や政策方針の特徴的な要素を反映するものだと感じているとの弁明も加えた。英フィナンシャル・タイムズの元ファッション・エディターで、現在は米ニューヨークタイムズのファッション・ディレクター兼ファッション評論長であるヴァネッサ・フリードマン(Vanessa Friedman)は、「写真は明らかに特別さに欠ける」とし、ハリスには親しみやすさや新しさがあるとはいえ、彼女は次期副大統領という権威の象徴であることには変わりはないと指摘した。
この論議にはいくつかの側面がある。まず、ハリスが、黒人、南アジア系移民2世、女性という、とくに米国政界においてのマイノリティ要素を持ち合わせた人物ながら、次期副大統領という米国で2番目に権力を持つ立場につくこと自体が持つ、政治的、社会的、文化的な意味と影響力。そして、ヴォーグなどが確立してきたファッションやファッション誌のあるべき姿、女性リーダーのあるべきスタイルの像に基づいた人々の期待や固定概念。オバマ大統領が初の黒人大統領として、大きく期待され、史上初だからこその「完璧なイメージ」を求められたように、とくにハリスのマイノリティ属性と共通項を持つ人々は、真に彼らを「代表する」存在としてハリスに期待を寄せ、誇り高く感じている。無意識的、意識的に、ハリスに輝かしく、格好よくあってほしいという願いがあるはずだ。その輝かしさや格好良さとは、親しみやすさとは正反対の、少し排他的で近づきがたいような芸術性や美しさが感じられることであり、「ヴォーグらしさ」の基準を十分に満たしていると感じられるかどうかという期待に繋がる。一方で、女性政治家にとってファッション誌に登場すること自体、リスクをはらむものだ。着飾りすぎてモデルやセレブリティのように見えたり、メイクやファッションや編集で「加工」されたように見えたりすれば、政治家としての誠実さやオーセンティシティを失うが、ヴォーグ的な華やかさや魅力に欠ければ支持者にとっては期待外れとなる。
前出のフリードマンは、ハリスが権威的存在(establishment)であると同時に、ヴォーグ自体も権威的存在であり、ハリスがヴォーグの表紙を飾ることに同意したのも、ヴォーグのその位置付けがあるからだったのではないかと推測する。関係者によると、ハリス陣営側は、デジタル表紙として発表されたスーツ姿の方が雑誌の表紙写真に採用されるという理解だったというが、ヴォーグ側はそのような正式同意はなかったとしている。ヴォーグは、黒人クリエイター起用の欠如など、人種のダイヴァーシティの視点や配慮が欠けているということが、過去に指摘されている(この件に関して編集長のウィンターは謝罪の書面を発表した)。ウィンターは、表紙写真がリークされる前に録音されたカラ・スウィッシャー(Kara Swisher)とのポッドキャストインタビューにおいて、ダイヴァーシティやマイノリティへの配慮という点に対しての、ヴォーグの課題意識や対応に関するスウィッシャーからの詰問に対し、「耳を傾ける(listen / hear)」といった具体性に欠ける回答を何度も繰り返した。Voxはカジュアルな写真が、再び、ヴォーグの有色人種の女性に対する敬意の欠如を物語ることとなったと指摘。手の込んだ撮影を経たものの、編集のプロセスを経て出てきた結果は、おざなりなものに見えるとの批判を加えた。
しかし今回の件において、米ヴォーグ編集長ウィンターが、人種差別的な意図を持って表紙写真を決定したと結論づけることは、必ずしも適切な論理ではないように思える。世間が注目している選挙戦を戦い、初の女性副大統領となる人物を表紙に選んでおきながら、読者に支持されないような写真をあえて採用したとは考えにくい。ウィンターの判断は間違っていたのか。彼女は自身が弁明するように黒人クリエイターたちの意見を聞き、取り入れたのだろうか。世間が、ありふれたヴォーグらしさ、もしくはあるべき女性政治家という固定概念から脱しきれておらず、黒人写真家タイラー・ミッチェルが構想するカマラ・ハリスと米国の政治の未来に対する想像力に欠けているだけなのだろうか。ヴォーグやファッションは政治の本質ではないものの、その政治力は過小評価できず、今後もハリスが「見た目」についての論議を避けて通ることは難しそうだ。
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