元入居者が語る、スイスのDVシェルター

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◆元入居者が語る「安全なシェルター」
 夫からDVを受けて保護施設Aに入居した女性に話を聞くことができたので、様子を紹介しよう。なお、これは一例で、スイスのすべての保護施設で同様に手厚いケアが提供されているかどうかはわからない。Aのスタッフは女性が多く、みなパート勤務だ。とても親身になってケアしてくれる。

■個室
部屋は個室。浴室(浴槽、トイレ、洗面台)があり、冷蔵庫もある。シーツの洗濯は施設側でしてくれる。自分の洗濯は、共同の洗濯機を利用する。

■3食付き
栄養士がいて献立を考え、3食用意してくれる。昼食・夕食が不要の場合は前日までに伝える。献立は<マッシュポテト、ソーセージ、野菜><ピザ>などで、サラダとデザートは常にある。アレルギー対応もしてくれ、宗教的(豚肉は食べられないなど)にも配慮してくれる。機内食のようだと考えればいい。共有スペースで食べてもいいし、自分の部屋に持っていって食べてもいい。共有キッチンがあり、食材を買って来て自分で調理してもいい。

■小遣い支給
毎週約1万円が支給される。使い道は、入居者自身で決めていい。

■心理的なサポート
大人も子供も、心理士によるカウンセリングが受けられる。大人は、心理士が同席して各階の入居者たちが集う交流会も開かれる。スイスは子供の心理的安定を非常に重視するので、子供のためのアクティビティが毎日用意されていて、施設近所の小学校に通うこともできる。入居者間で助け合うような子供の託児もある。加害者の夫やパートナーと裁判で争うこともあるため、弁護士や裁判、その費用(減額してもらう方法)などについてソーシャルワーカーが教えてくれる。将来のための家族手当受領の手続き、医療保険料減額の手続きについても教えてもらえる。

■身体的な癒し
アロマテラピー、指圧、ネイルサロン、美容などのケアがあり、施設内で、無料で受けられる。

■通訳がいる
スイスの公用語以外の言語が母語の人にとっては、自分の心理状態はやはり母語で説明できたほうがいいし、細かい手続きも母語できちんと理解していたほうがいい。Aには通訳がいて、アラビア語などの特別な言語が必要なら派遣通訳を無料で手配してくれ、カウンセリングやその他の説明を母語で受けることができる。

■アフターケア
退去後も、Aでソーシャルワーカーや児童心理士のカウンセリングを一定期間受けることができる。Aに入居したということで生活保護を受領できるケースもあり、家を優先的に借りられる(スイスは約6割が賃貸派で、都市部の住居探しは大変)。退居者にはアンケート用紙を渡して、Aのサービスでよかった点やあまりよくなかった点を記入してもらい(強制ではない)、今後のサービス改善に役立てている。

◆失意の状態でシェルターに来る女性たち
 Aには、本当に危険な状況の女性たちがやってくる。最初のうちは、もちろん互いに差し支えない話しかしないし、話さないこともある。Aについて語ってくれた女性が見たのは、自分や子供への夫の暴力が日増しにひどくなり子供と一緒に来た人、夫の長年の暴力に耐えてきた人、夫に数年監禁されていた人、夫が子供1人を殺害してもう1人の子供と駆け込んできた人、薬物摂取の注射跡があり無理矢理ドラッグを打たれていたらしき人などだ。

 Aでは、入居者たちに、早く元気になってなるべく短期間のうちに退居するように促すそうだが、なかには1年住んでいる人もいるという。これから先、AのようなDV被害者たちの受け皿は増えていくかもしれない。しかし、DVを減らすという根本的な解決にはならないことがもどかしい。

Text by 岩澤 里美