プーチン体制のほころび? 記者逮捕、政府に不都合だったタイミング

Dmitry Serebryakov / AP Photo

◆次は自分の番かも ジャーナリスト、一斉に立ち上がる
 不当な逮捕に対し、仲間のジャーナリストたちは行動を起こした。まず、多くのニュースメディアが、6月6日から8日に行われたサンクトペテルブルク国際経済フォーラムの報道を事実上ボイコットした。これは、プーチン大統領お気に入りの国際イベントで、7日は中国の習近平国家主席との友好関係を示すための絶好の機会となるはずだった。しかし、既存メディア、ソーシャルメディアともに、ゴルノフ記者のニュースを大きく扱い、プーチン大統領がかすんでしまったという(ブルームバーグ)。

 さらにジャーナリストたちは、モスクワ警察本部に向かった。許可なしでの集団抗議活動はロシアでは禁じられているため、全員が列を作り、自分の番が来ると、一人ずつ庁舎の前に立ち、ゴルノフ記者の解放を求めるプラカードを掲げたという。ベルシドスキー氏によると、モスクワのジャーナリストはすでに経済的な圧力に加え、仕事上の厳しい規制に直面している。ここでゴルノフ記者のために立ち上がらなければ次は自分たちが犠牲者になる、という危機感も彼らを動かしたとしている。

 事件が注目を浴びると、著名人はゴルノフ氏支持のためのビデオを作り、解放を訴えるジャーナリストの署名は7500を超えた。Change.orgでの署名は、20万近くに達したという(ガーディアン紙)。その後は政府のプロパガンダに加担するメディアまでがゴルノフ記者に同情的な意見を示し始め、裁判所も同氏に異例の自宅軟禁を申し渡した。ジャーナリストたちはさらに抗議を続け、ロシアの3大ビジネス紙は、「私はイワン・ゴルノフ」という、シャルリエブドを真似たメッセージを一面に同時に掲載。普段は許可なしに発言しない国営テレビ局のジャーナリストも、決定的証拠がないならゴルノフ氏は解放されるべきだと述べた(ブルームバーグ)。

◆政府の望まない事件 プーチン強権政治の終わりか?
 結局11日にゴルノフ記者は証拠不十分で釈放され、ロシアのコロコリツェフ内務大臣は、逮捕に関わった関係者を調査すると発表した。米アトランティック誌は、今回の事件は、ロシアとその保安機構におけるプーチン大統領のコントロールの限界を示したとする。サンクトペテルブルク国際経済フォーラムの最中に政府が今回のような陰謀を望むはずもなく、プーチン大統領の手の届かないところで、警官や政府高官が勝手に逮捕や批判者への攻撃といった方法で逆噴射してしまったケースだとしている。

 ロシアの野党政治家のひとりは、「プーチンはただのロシアのシークレットサービスのアバターだ。隔離された狭い世界に生きていて、システムによって養われている。もうコントロールはできていない」というジョークが、モスクワのエリートの間にあると話す(アトランティック誌)。

 イギリスでのロシア人スパイの毒殺未遂事件など、ロシア関連では謎の事件が多い。そういった事件や今回のゴルノフ記者の件などは、プーチン大統領の承諾なしに、「グレーで半犯罪的ゾーン」で遂行されているのではないかと政治アナリストのユーリー・クルプノフ氏は見ており、そこにプーチン大統領の支配は及ばないと話している(アトランティック誌)。

Text by 山川 真智子