「大国アメリカの姿とは思えない」 無料診療に殺到する人々 迷走する医療保険改革

 1月にトランプ陣営がオバマケアを撤廃すると宣言したとき、お隣のカナダでは自国の皆保険制度を誇るコメントがSNSに溢れた。筆者もトロントに暮らした折にその制度の恩恵にあずかったので気持ちはわかる。しかし、都市部ではニューカマーが主治医を探すのが難しく、専門医にかかるまでに長い時間を要するなどの問題点もある。国民皆保険制度自体はすばらしいと思うが、どのシステムが理想かを一概に言うことは難しい。結局、トランプ大統領は可決不可能と見てオバマケア代替法案を撤回。「理想」をめぐる混乱は続きそうだ。

◆割りを食う低所得者層
 アメリカで国民の健康保険加入率が9割以上になることを目指した医療保険制度改革、いわゆる「オバマケア」は公的保険ではなく、民間の安価な公的医療保険への加入を国民に義務づけ、病気の早期治療や医療支出の抑制を目指したものだった。しかし、加入を怠ると罰金を支払わなければならなかったり、保険料の支払いが困難な低所得者に補助金を支給することが増税につながったりと、不人気な部分もあった。

 採決の前に撤回されたが、共和党が今月提示したオバマケアの代替案「アメリカン・ヘルス・ケア・アクト(AHCA)」では、1400万人が保険を失い、また未加入者は2026年までに5200万人に達する見込みと発表された。低所得者層が打撃を受けるような構造にも批判が集まった。実質ケア不在のため「トランプケア=病気をしないのが一番」と面白おかしく揶揄するインターネット・ミームが多数出現した。

◆混迷を象徴する動画
 混乱のなか、3月20日にはテネシー州クックビル市に、NPOによる臨時無料診療サービスが設置され、その映像がニューヨーク・タイムズで紹介された。会場となった高校の体育館の前には夜明け前から数百人が並び、おもにメディケイド(低所得者向け公的医療保険)でカバーされない歯科の診察を受けていった。

 もの悲しい映像が、迷走するアメリカの医療制度の現状を如実に物語っている。視聴者からは、大国アメリカの姿とは思えない、そこまでして増税を避けたいか、と富裕層や州の方針を責める声も多かった。テネシー州のこの地域の低所得者層はまた、その多くがトランプに投票したこともあり、オバマケア以上の制度を望んでいた彼らの失望、あるいは情報不足を嘆く声もあった。

Text by モーゲンスタン陽子