南アフリカのゴースト・キッチン事情

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◆南アフリカにおける主要なフードデリバリー・サービス
 フードデリバリーの代表格ともいえるピザ宅配モデルは、南アフリカでも以前から存在している。バトラーズ・ピザ(Butler’s Pizza)は、1989年にケープタウン郊外のロンデボッシュ(Rondebosch)にて創業した店。現在、ケープタウン各地に7つのロケーションがある。バラエティは約20種類で、ベジタリアン、ビーガン、ローカーボの選択肢も展開している。価格は1人用のMサイズが90ランド前後(約700円)で、2-3人用のLサイズが130ランド前後(約1000円)。オーダーは、電話かオンラインで直接行う。追加のデリバリー費用はかからず、蝶ネクタイをした「バトラー風」のスタッフがピザを配達。支払いには南アフリカの代表的な支払いアプリのスナップスキャン(Snapscan)などが使用できる。その利便性・信頼性・味などが評価され、長年続いているようだ。

 ゴースト・キッチンの主要プレーヤーの一つに、起業家ジャスパー・メイヤー(Jasper Meyer)が2015年に創業したスマート・キッチン・コー(Smart Kitchen Co)がある。米国のベンチャーキャピタリスト、ティム・ドレーパー(Tim Draper)が40万ドルを投資。南アフリカ全土展開のため、さらなる140万ドルの追加投資が約束されている。同社は2021年5月時点で、ケープタウンに6つのゴースト・キッチンを展開し、32種類のデジタル・レストラン・ブランドを持つ。昨年11月時点では、キッチンは3つ、展開ブランドは15種類であった。この半年での急成長がうかがえる。

 もう一つのゴースト・キッチンベンチャーが、フードデリバリー・プラットフォーム、オーダーイン(OrderIn)共同創業者のハイニ・ブエイセン(Heini Booysen)が、2018年に創業したダース・キッチン(Darth Kitchen)。同社は、2019年に投資会社シルバー・ホールディングス(Silver Holdings)から500万ランドを調達。ダース・キッチンは、コワーキング・スペースのレストラン版のようなモデルだ。さまざまなフード・カンパニーがキッチンを共有し、ゴースト・キッチンからそれぞれのブランド商品を展開する。キッチンには、映画スタジオ、ランドリー、パーキングなど不況で空き物件となってしまった商業スペースを活用。都心でも通常のレストランに適したような物件と比べて、家賃が8割まで削減できたという。しかし、ダース・キッチンの経営は多少苦戦しているようでもある。現在、ウェブサイトに掲載されているのは6ブランド。うち一つは今後展開予定となっている。残り5つのうち、3つが似たようなハンバーガーのブランドだ。ダース・キッチンのCEO、ヤリン・ホースト(Jaryn Goelst)は、デスクに座ってファンキーな名前とロゴを考えるだけといった具合に簡単にレストラン・ブランドを立ち上げられてしまうという点が、ゴースト・キッチンのいいところだといったようなコメントをしているが、コピー&ペイストのようなレストラン・ブランドの継続性には疑問が残る。

 また、既存のレストラン・グループが、パンデミックの状況下、デリバリー専門のサービスを立ち上げたケースもある。通常は観光客などで賑わうケープタウンの商業エリア、ウォーターフロントに複数のレストランを展開するスリック・レストラン・グループ(The Slick Restaurant Group)は、デリバリーに特化した「ダーク・キッチン」業態を立ち上げた。すでにレストランとして実績のあるブランド・ラインアップが強みとなるようだ。

 一方、ゴースト・キッチンは必ずしもコスト効率のよい、新たなフード・サービスというわけでもなさそうだ。ゴースト・キッチンの多くは、ウーバー・イーツや南アフリカ版のフード・デリバリー・プラットフォーム、Mr D Foodなどに依存せざると得ない。これらのプラットフォームの手数料は30%と決して小さくない。そもそもコスト率が高いレストラン事業にとって、高い手数料は利益率にとってのさらなる痛手となる。ゴースト・キッチンの継続的な成功には、旧来のピザ宅配のように独自のデリバリー・インフラを構築するか、商品を絞ってブランドのフランチャイズ展開を図るかといったような戦略判断が求められる。

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Text by MAKI NAKATA