ロック界にもキャンセル・カルチャーの波 業界人発言や過去の名曲にも

左からロニー・ウッド、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ(9月6日)|Scott Garfitt / Invision / AP

◆検閲なのか? 過去の作品にも厳しい目
 クイーンの最も愛されている曲の一つ『ファット・ボトムド・ガールズ』も、キャンセルカルチャーにやられてしまったとデイリー・メール紙は述べる。豊満な体型の女性に対する若者の感謝の気持ちを表現したこの曲は、ユーモラスなハードロックとして何世代にもわたりファンに愛されてきた。しかし、最近発売されたベストアルバムの収録曲からは外された。

 またローリング・ストーンズは近年、奴隷制度を描写した1971年のヒット曲『ブラウン・シュガー』をツアーで歌うことをやめている。この曲は奴隷制度の惨状を歌った曲で、批判している人はそれがわかっているのだろうかとメンバーたちは2021年のインタビューで話していた。もっとも、こういったことで揉めたくはないため、演奏から外すと説明。また戻すこともあるかもしれないと述べた。

◆若者が離れていく! 業界に必要なのは倫理観
 軽率な発言に速やかな処分を決定し、物議を醸す楽曲の除外で炎上を未然に防ぐという業界の対応は、今後の商業的影響を考えてのことだ。

 NYTのインタビューでウェナー氏は「宣伝のため、歴史的基準に達していない黒人と女性のアーティストを一人ずつ含めておくべきだったかもしれない」と、反発に直面することを認めているような発言をしていた。わかっていながら時代に合わない差別的発言をした仲間に、ロックの殿堂理事会は厳しい処分を下さざるを得なかったようだ。

 前述のクイーンのベストアルバムは、子供向けのオーディオ・プラットフォームでリリースされた。その目的は若いリスナーの獲得で、『ファット・ボトムド・ガールズ』除外の理由もここにあるようだ。

 音楽・芸術分野のジャーナリスト、マーク・マイヤーズ氏は、現在のロック界はレコーディングよりもライブに傾いていることもあり、大金が入るツアーを続けることがバンドの長寿の秘訣だと指摘している(フォックス・ニュース)。ロックの経済学から見ると、ローリング・ストーンズがツアーから『ブラウン・シュガー』を外すことは、正しい選択と言えそうだ。

 学術系ニュースサイト『カンバセーション』に寄稿した豪大学の音楽教授ティモシー・マッケンリー氏は、『ブラウン・シュガー』をツアーで演奏しなくても、楽曲自体は聞けるし、音楽史は損なわれず偶像が破壊されたわけでもないとする。必要なのは倫理観で、それを見せることでアーティストの社会的ライセンスが守られ、継続的な文化的重要性を維持することができるとしている。

Text by 山川 真智子