スカラ座客の憩いの場「カフェ・ヴェルディ」が存続の危機 経済は文化を葬ってよいのか?

ヴェルディ通りを歩いていくと、このような外観が迎えてくれる

◆さまざまな困難も乗り越え、守られ続けた40年
 夫は3年後にこの世を去ったが、息子と娘とで切り盛りした。カフェ・ヴェルディは大繁盛が続き、だんだん手狭になってきた。そこで大枚をはたいて隣の不動産屋を買い取り、2軒の間の壁を取り壊し、現在の形になった。1階は小さなテーブル4台だが、2階は意外と広く、まるでスカラ座の天井桟敷のように、下のアーティストや作曲家たちを見下ろせる。

 この40年間には多くのスターたちも訪れた。「キング・オブ・ハイC(テノール歌手が必要とする最高音であるC音を輝かしく出せることからそう呼ばれた)のルチアーノ・パヴァロッティはもちろん、デザイナー界の王ジョルジオ・アルマーニも気に入って一団を連れてきた。出される料理も、簡単だが家庭的な温かい味で癒されると評判になった。

右3枚がパヴァロッティ。左2枚は伝説的歌姫でジャクリーン・オナシスに恋敵として敗れたマリア・カラス

 また、この店に流れる不思議なポジティブエネルギーにひかれ、買い取りたいというお客や、反対に呪いをかけるような客にも遭遇した。チベットの僧侶から「これから世界にはいろいろなことが起こるが、あなたと家族は必ず無事でしょう」と祝福されたこともある。現に周辺の店がどんどん変わっていくなかで、カフェ・ヴェルディはいつも繁盛していた。同じ通りにサントリーが経営していた高級日本食レストランがあった。当時留学生だった筆者には手も届かず、横目で恨めしそうに見ながら歩いたものだが、そのレストランも店長が代わってから下火になり、いつの間にか閉店していたという。

 新型コロナウイルスのロックダウンで、ほかの店が閉店に追い込まれても、マリーアは80年代からの貯えで持ちこたえた。今でもコロナ前の売り上げには戻らないが、それでも毎日感謝して、幸せに商いを続けている。歳を取ってマリーアは最近立て続けに4回も転んだが、石像の膝は折れても自分の膝は無事だったり、頭を打って金属音が聞こえた時も、撫で続けていたら痛みが治った、と守られている確信を語る。

レジを司っているマリーア

Text by 中 東生