「禁止本週間」に考えたい文学とLGBT(コラム)

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 9月の最終週は「禁止本週間」として知られる。おもにアメリカの学校や図書館関係者から抗議を受けたり、図書館から排除されたりした本に注目を集めるのが目的だ。なぜなら、それらの本こそ多くの場合、私たちが向き合わなければならない最も重要なテーマを扱っているからだ。歴代禁止本を見ても、一般に「名作」と言われている作品が多い。

 アメリカ図書館協会(ALA)とアムネスティ・インターナショナルによって率いられるこのキャンペーンは1982年から続いている。2017年、アメリカで禁止された、あるいは抗議を受けた416冊のうち、トップ10を禁止本週間のサイトで見ることができるが、そのほとんどがジェンダー・アイデンティティを扱った作品であることがわかる。2016年には多くのグラフィック・ノベル(漫画)が禁止されたが、それもほとんどがLGBTのキャラクターが登場するという理由だった。 

                                                                                                                 

◆LGBTのキャラクターは不必要なのか
 2016年の禁止本リストのトップ、『This One Summer』というグラフィック・ノベルにも、LGBTのキャラクターが登場する。主人公の12歳の少女二人が、次第に大人へと成長いく過程を描いた話だ。グラフィック・ノベルとして初めて由緒ある賞を受賞したにもかかわらず、性的にあからさまな表現や、ドラッグなどが登場するという理由で、プレティーンやトゥイーン(10歳前後)の子供たちに「適切でない」として、全米の学校の図書館から排除されていった。

 著者のマリコ・タマキ氏、イラストレーターのジリアン・タマキ氏は日系カナダ人のいとこ同士。本作カナダ版、そして前作の『Skim』を出版したカナダの児童書専門出版社グラウンドウッドブックス社と、同系列のアナンシ出版社は、どちらもアメリカ資本を受けないカナダの独立出版社として、良心に基づいた本を出し続ける、カナダ人が大変誇りにしている出版社だ。

◆なぜLGBTの存在を隠す?
 タマキ氏はワシントン・ポスト紙に対し、LGBTQ(Qすなわち queer「変わった」または questioning「不明の」が加わることも多い)のキャラクターが登場するだけで若い読者に「適切でない」というレッテルを張ることを糾弾し、「クイアなコンテンツのせいで本を図書館から取り除くことを望む人はみな、LGBTQの読者たちに対して、彼らの存在がなぜ図書館に存在するべきではないのかを説明しなければならないはずだ」と主張している。

 そこに出てくる表現がいくらきわどくても、それは文学表現上意義のあることであるはずだ。それを、ランダムに拾い上げた言葉で判断し禁書扱いするのは、それこそ不適切なセンサーシップ「検閲」以外の何物でもない。そして、歴史的に見て、検閲のある社会は健全な社会ではない。タマキ氏は、アメリカPENから求められた検閲に関するコメントでも、結局大人の推定で、子供にはこれは早い、子供には理解できない、と決めてしまっているだけだと指摘する。子供が狼狽する、と。

 しかし「狼狽することはいいことだ」とタマキ氏は言う。たとえば戦争、たとえば同性愛、たとえば家庭内暴力。自分自身が体験したことのない世界を、まるで自分自身の経験のように追体験させるのが良質の文学だ。タマキ氏は文学の可能性を信じ、「自分自身以外の経験を理解することこそが、共感の心を育てる社会的感情教育の要」だと述べている。LGBTに限っても、理解の必要性がある人物は洋の東西を問わずまだまだたくさんいるのに、肝心の本が禁止されてしまってはどうしようもない。

◆ヒラリーやヘレン・ケラーも禁止?
 ほとんどの本については、抗議だけで「禁止」というわけではないという反論もある。つい先週には、テキサス州の教育委員会がヒラリー・クリントンやヘレン・ケラーに関する著書を州のカリキュラムの課題図書からはずす案に賛成票を投じ、物議をかもした(最終決議は11月)。必須ではなくなるだけで、教師がそれらの本を扱うのを禁ずるわけではないとはいうが、アメリカ史上初の女性大統領指名候補となったクリントンや、私たちにも馴染み深い、重度の障害を克服したケラーなどが「もはや重要ではない」とするメッセージに、民主党議員などから反発が起こっている(タイム誌

 かつて「頭のいい子を育てるにはどうすればいいか」という質問にアインシュタインは「おとぎ話を読ませなさい」と答えたという。つまるところ、自分の理解を超える世界を理解するには想像力が必要であり、想像力を育むためには文学が必要なのだ。そのためには実世界を反映するような文学が必要であり、実世界を反映するならその構造を正しいプロポーションで反映する必要がある。人文系学問を軽視する昨今の風潮も非常に遺憾だが、当の文学に関わる人間たちがキャラクター構成で世界を狭めてしまってよいものだろうか。

◆「国民の寝室に、国家の出る幕はない」
 国土の大部分が同じ英語圏だが人口のかなり少ないカナダは、アメリカの出版界の影響を受けやすい。実は筆者は、グラウンドブックスとアナンシでインターンとして働かせてもらったことがある。グラウンドウッドブックスは他にも、マイノリティやカナダ先住民の主人公を扱った作品を率先して出版している。カナダはとくにこれらの問題に対する意識が高い。

 リベラルで知られるカナダのトルドー首相は、2017年にカナダの過去の性的少数者差別を謝罪している。また、その父ピエール・トルドーも第15代カナダ首相として2期務めている。世界に先駆けてカナダが多文化共存政策を採択したのは父トルドーの時代であり、また法相時代には「There’s no place for the state in the bedrooms of the nation.(国民の寝室に、国家の出る幕はない)」という名言を残し、同性愛行為を犯罪とする当時の法律から同性愛者を擁護している。

Text by モーゲンスタン陽子

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