可笑しくてそして痛い……コメディ伝記『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』

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 1994年、当時のアメリカを代表するフィギュアスケーターであったトーニャ・ハーディング(現在の姓はプライス)の元夫とその一味が、ハーディングのライバルのナンシー・ケリガン選手を襲撃し、利き足の膝を殴打する事件が起こった。襲撃事件による怪我を克服してリレハンメルオリンピックに無事出場したケリガンのパフォーマンスは完璧とはいえなかったが、復活を讃えてのことだろう、見事銀メダルを獲得した。

 点数で明確に競う他の多くの競技と違い、フィギュアスケーティングではこのように審査員の主観で得点が左右されたり、「雰囲気」や「イメージ」が重視されたりする。これこそがまさにハーディングの悲劇だった。一時的には全米一のスケーターであったにもかかわらず、貧しい家庭出身のハーディングは「健全なアメリカ家庭のイメージを体現していない」として、正当な評価を受けられないまま、アメリカの憎まれ者に身を落としてしまった。

                                                                                                                 

◆最もお金のかかるスポーツ
 このトーニャ・ハーディングの伝記映画「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」が5月4日より日本公開となる。2017年全米公開の本作品はトロント映画祭の観客賞2位、また本年のアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞で、ハーディングの母親ラヴォーナ役のアリソン・ジャネイが助演女優賞を受賞し、大好評を得た。アカデミーでは主演のマーゴット・ロビーも主演女優賞にノミネートされた。

 フィギュアスケーティングは今も昔も人気競技の1つだが、選手育成には莫大なお金がかかる。タイム誌によると、アメリカで現在、世界レベルを目指して子供に本格的にフィギュアスケーティングを習わせる場合、保護者の出費は年間3万5000から5万ドル(約380〜540万円)になるともいわれ、最もお金のかかるスポーツとされている。

◆「健全なアメリカ人家庭のイメージではない」
 貧しい白人家庭出身のハーディングにはきらびやかなドレスを買うお金もなく、手製のドレスを着て大会に出場していた。ハーディングがどんなに素晴らしい演技をしても、安っぽいドレス、ケバケバしい化粧、他の少女たちと異なる音楽を好む彼女は審査員たちに正当に評価してもらえない。加えて、幼少時から娘を精神的・肉体的に虐待し続けてきた母親の影響で、態度や言葉遣いも悪い。それでもついに1991年、ハーディングは女子選手として史上2人目、アメリカ人選手では初めてトリプルアクセルに成功し(女子世界初は1988年に成功した伊藤みどり選手)、一時的にスターとなる。それもつかの間、早すぎた結婚と夫の暴力から荒んだ生活を送り、体重を増やしてしまい着地に失敗するようになる。1992年のアルベールビルオリンピックに出場するもメダルを逃し、その後は一度スケートを諦める。

 だが、それまで夏季オリンピックと同年、4年ごとに行われてきた冬季オリンピックが、夏季大会と開催年をずらすためにわずか2年後にふたたび開かれることになり、ハーディングにも声がかかる。心を入れ替えて体力作りに励むが、プレッシャーに耐えられなくなったハーディングはやがて逃れたはずの元夫とよりを戻す。そして夫とその仲間が、ハーディングのライバル、ケリガンの襲撃を企てる。ハーディングはそれに関わっていたのか、いなかったのか?
 
◆真実か、オルタナティブ・ファクトか 
 抜け出せない貧困と虐待の連鎖、DV(ドメスティック・バイオレンス)の被害者が自分を責めてしまう心理など、現代では徐々に解明されつつあるが、90年代前後にはそのような社会的意識も低かった。生命の危機にさらされながらも結局は夫のもとに戻ってしまうハーディングも、今風に言うなら自己責任、とされただろう。

 ハーディングが求め続けていたものは他ならない、愛、とりわけ母親の愛だ。そしてその母親は最後の最後まで、彼女を裏切り続ける。その母親自身、母の愛を知らなかったようだ。せめてもの救いは、幼少期からのコーチであったダイアン・ローリンソン(ジュリアンヌ・ニコルソン)が決して彼女を見捨てないことだ。

 だが、事件の真の被害者であるナンシー・ケリガンを差し置き、「犯罪者」ハーディングを犠牲者、あるいは英雄のように扱うことに抵抗するメディアも多い。映画はハーディングの事件への関与を示唆しつつも、やはり彼女に感情移入するようにできている。オリンピック後、罪を認める代わりに懲役刑を逃れるものの、スケート界から永久追放され泣き崩れるシーンに同情しない者はいないだろう。だが現実のハーディングは今年に入り事件のプロットに感づいていたことを公的に告白し、ニューヨーク・タイムズのインタビューでは謝罪を表明する。同紙の記者は数々の虚言や事実との齟齬を指摘しつつも、彼女にとってはそれが「精神的な真実」なのだと擁護する。

 この映画は、ある意味ハーディングの「オルタナティブ・ファクト」なのか。実際のところ、観客は判断しかねる。いくら彼女に同情しても、本当に犯罪に関わったのなら許されるべきことではない。ニューヨーク・ポスト誌はさらに、真の被害者であるケリガンが映画で、ディズニーのプリンセスのように上品でいけ好かない女として描かれていることをヴィクティム・ブレイミング(性犯罪などで、被害者に落ち度があるといって非難すること)だと糾弾する。実際には、ケリガンも労働者階級の出身だ。

◆本作が映し出す現代社会
 本作は、少なくとも現代社会に重大な問いかけをしている。どんなに才能があっても、貧困・虐待が日常の家庭の子供たちはそこから抜け出せないのか。今日では出身家庭の経済環境と教育水準の関連などがさかんに議論されているが、背景にあるのはアメリカ社会に根強く残る階級意識だ。世界の頂点に立つ能力を持ちながら、それを利用し、潰した大人たちと、彼女を救おうともせず、あげく憎しみの対象、そして最後に笑いものにした社会。持ち上げては、叩き落とす。SNS世代の私たちにも見慣れた光景だ。結局、人間の心理は剣闘士の戦いを喜んで見物する古代ローマ人のそれと大して変わっていないのではないだろうか。
 
 本作は一応、コメディと分類されている。ローリング・ストーン誌は「今まさに必要な映画」と題し、本作が「私たちの多くが無視するか払いのける傾向にあるクラスコンシャスなアメリカに鏡を向ける −− そしてそこに映る私たち自身をも見せる。『アイ、トーニャ』はめちゃくちゃに面白いが、その痛みはまさに本物だ。観客は痛くなるまで笑うだろう」と評している。

 もし本作をコメディと呼ぶならば、現実世界こそがコメディということだろう。

Text by モーゲンスタン陽子