「反吐が出るほど嫌いだ」エミネムのトランプ批判、なぜ大きく注目されたのか

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◆コメンテーターたちの憶測
 エミネムに対し、何人かのコメンテーターたちは不信感を抱いている。なぜなら、彼が今まで政治に言及することがあまりなかったからだ。ガーディアン紙はこれを興味深い展開だと語っている。

 今回の大統領批判の考えられる理由としては、トランプ氏という、たまたま政治上の人物に対する怒りが収まりきらないほどのものになったので、発言せざるを得なくなったからというもの。また別の考え方としては、エミネムが割り切って実際的になり、時代の流れに合わせて自身のスタイルを変えた、つまり自身を売り込んだというもの。あるいは、もっと複雑な理由があるのかもしれない。

 ちなみに2004年にエミネムの伝記を書いたアンソニー・ボザ氏は、エミネムのコメントに嘘しか見当たらないと答えている。

◆エミネムが成功した理由

 エミネムは、母親が10代のときに労働者階級の家庭に生まれた。ミズーリ州の小さな町の出身だが、家族は仕事を求めて転々とし、黒人の労働者階級が主な住人であるデトロイト近郊に落ち着いた。Web誌『Salon』によれば、そこでフリースタイルのヒップホップバトルに出会ったという。エミネムがヒップホップの世界で成功したのは、彼が自身のルーツや混沌とした状況を一切隠そうとしなかったからだと言われている(インデペンデント紙)。

 ボザ氏によると、エミネムのコアな聴衆は、「怒れる若い白人の厭世家。フェミニズムで女性化した世を嫌い、社会の主流から取り残された、自身の枠組みから外れた自由さを喜んでいる人。意固地で、女性や権威を信用せず、自分自身しか信じられないアメリカの若い男性」だという(ガーディアン紙)。

 またボザ氏は、エミネムの初期の成功は、景気低迷で人々の政府への懐疑的な雰囲気が高まったときに訪れたと示唆する。事実、9.11のテロが起きて(愛国心が高まった)2002年、彼の名声はいったん途絶えている。

 エミネムの1990年代後半、2000年代前半の成功は、政府に不満のある白人の怒りといったものに正確に入り込んだことに基づいているといっても過言ではない。これはその後トランプ大統領や白人至上主義者が後に取り入れた手法である。

 2004年に遡るが、エミネムに対して最も過激な批判者の一人であるリチャード・ゴールドスタイン氏は、のちにヴィレッジ・ボイス誌のエグゼクティブ・エディターとなった人物である。彼はエミネムが反権威主義者でも無秩序を声高に代弁する人でもなく、冷酷な保守主義者であると指摘している。「ゲイと女性の解放は、男性優位のヒエラルキーを脅かす。エミネムのような人物、つまりヘテロセクシャルな白人男性が頂点に立つヒエラルキーを」。

 エミネムは、単にこういった怒れる白人男性の台頭を反映させたのか、それとも助長したのか。どちらにせよ、熱心なトランプ大統領の支持層や白人至上主義者といったファンが最もいる可能性が高いヒップホップ界の長である。

◆「The rest of America, stand up(残りのアメリカよ、立ち上がれ)」
 エミネムは、トランプ大統領の支持者でもある自身のファンに対して、中指を立てて罵りながらフリースタイルを終えている。

「俺のファンで、奴の支持者でもあるお前。俺は譲れない一線を引いた。お前は俺の味方か敵か。もしどちらか選べないのなら、どっち側に立つか決められないのなら、これで決めてやる」。

「残りのアメリカ、立ち上がれ。俺たちは我らが軍隊を愛している。俺たちの国を愛している。だけど、トランプは反吐が出るほど嫌いだ」(タイム誌)。

Text by 鳴海汐