大英博物館の北斎展が開幕 白熱のシンポジウム、注目増す娘の応為……現地レポ

 ロンドンの大英博物館で25日、三菱商事のスポンサーによる葛飾北斎展「Hokusai beyond the Great Wave」が始まった。イギリスでは22日のマンチェスターでの爆弾テロを受けてテロ警戒が最高段階の「危機的」レベルに引き上げられており、大英博物館でも半旗を掲げ、来場者に黙祷を促すなど、その傷跡をいたるところで感じさせるなかでの開幕となったが、初日から多くの来訪者があり盛況だった。西洋で最も人気のある作品で、英名が本展覧会のタイトルにも使用されている『神奈川沖浪裏』The Great Wave off Kanagawaの前では、見る順番を巡って観客が軽く口論する場面もあったほどだ。

◆圧倒的な影響力……トランプ大統領の風刺画にも
 北斎は世界に最も影響を与えた日本人として、その手のランキングに必ず顔を出すほど西洋での人気が高い。江戸時代末期の開国とともに多数の浮世絵が西洋に渡ったが、1856年ごろにフィリックス・ブラックモンというフランスの芸術家がパリで『北斎漫画』を見つけ、自分のサロンでそれらの図柄を絶賛し、アール・ヌーヴォー、ひいてはジャポニズムの誕生に貢献した。マネ、ロートレック、ドガ、モネ、ゴッホ、ゴーギャンなどの画家が影響を受け、ドビュッシーは『神奈川沖浪裏』にインスピレーションを得て『海』を作曲したと言われている。

 西洋でとくに『神奈川沖浪裏』が受け入れられたのはその三次元的構図が西洋画の視点に近いからだと言われている。大波のデザインは数々のポップカルチャーにも使用され、今月半ばには大波の上部をトランプ米大統領の髪型にアレンジした風刺画がイギリスでV&Aイラスト賞を獲得している。

 一方、日本人に最も人気があるといわれる『凱風快晴』、通称「赤富士」は、それに先立つ版で色の薄いもの(研究者たちは「ピンク富士」と呼んでいた)と並べて展示されていた。

 また、北斎の娘の葛飾応為は、一部で父に勝るとも劣らない天才画家といわれているが、その現存する数少ない署名作品の1つ、『関羽割臂図』(クリーブランド美術館)が出されていたことも特筆に値するだろう。損傷が激しく貸出展示は難しいといわれていたそうだが、状態は良く、滴る血の赤も鮮明で、応為の力強い筆さばきを十分鑑賞することができた。日本からは、小布施の北斎館から山車の天井絵などが出品されていた。

◆8Kでデジタル化、新技術に集まる期待
 同展覧会の幕開けを記念して、世界各国の北斎、浮世絵、日本文化のエキスパートたちが一堂に会し、各種講演および二日間のシンポジウムが開催された。北斎の西洋への影響力を証明するかのように、研究者たちが日本語を交えながらあらゆる側面から北斎について熱く語り合い、その様子は非常に見応えがあった。

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大英博物館

 大英博物館を中心に、2019年3月の完了を目指して現在、北斎の作品をデジタル化して収める日英合同プロジェクトが進行中で、チームの一員である大英博物館のプロジェクトキュレーターの松葉涼子博士が各作品の説明をしてくれた。デジタル化はNHKの世界最先端技術、現行のハイビジョン画質の16倍、4K画質の4倍の超高精細映像8Kスーパーハイビジョンの力を借りて行われ(イギリスではまだ4Kのみ可能)、これにより筆使いなどの技術、色素の種類や生産地などがより細かに分析できるようになると期待される。

◆注目される娘の応為
 技術の発展により、北斎と応為の分業の詳細も明らかになるかもしれない。北斎の晩年の作品で父と共同作業をしていたとして近年注目を集めている応為だが、彼女を題材にした小説『北斎と応為』(彩流社)を書き上げたカナダ人作家キャサリン・ゴヴィエ氏も会場に来ていた。氏によると、10年前、ワシントンDCのフリーア美術館で行われた北斎シンポジウムで応為の名を挙げたのは、現メトロポリタン美術館の日本美術キュレーターであるジョン・カーペンター博士ただ一人だったという。それが今回、複数の研究者が応為の名を挙げ、いつか「応為展」ができないものかと誰かが提案すると、会場が湧いた。

 また、2日目の講演中には同博士が壇上からゴヴィエ氏に対し、「過去5年間で応為に注目が集まるようになったのはあなたのおかげですよ、キャサリン」と語りかける場面もあった。

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講演するカーペンター博士

◆この秋、いよいよ来日
 大英博物館での展示は8月13日まで。7月3日から6日が休館となり、後半の展示品と入れ替えられる。期間中は映画『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』の上映なども含め、数々のイベントが催される。その後同展は来日し、10月6日から11月9日まで大阪のあべのハルカス美術館にて「北斎 ―富士を超えて―」として展示される。同館館長の浅野秀剛博士も訪英中で、シンポジウムでのパネルのほか、日本国大使館での講演なども行った。

 日本では大英博物館に展示されなかった作品も出展されるようなので、ぜひ足を運んでほしい。

Text by モーゲンスタン陽子

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