スペイン発「食学校」を東京で体験! 食を通じて世界と日本を学べる場所

昨年GIC Tokyoで開かれたイベントで話すスペイン人オーナーシェフ、アラッツ・ビルバオさん|©kimurabungo

 世界の食業界が注目する、スペインの食の大学初の国際拠点「ガストロノミー・イノベーション・キャンパス東京(GIC Tokyo)」が昨秋、東京にオープンした。注目されるガストロノミーやフードテックを利用した「学び」の提供や、食企業との協業・共創、フード系スタートアップの支援などを積極的に行うことが目的だという。GIC Tokyoのゼネラルマネージャーに話を聞いた。

◆美食の街の中心に存在する料理を「研究」するBCC
 世界中を旅する食通として知られたアメリカ人シェフのアンソニー・ボーダンは、スペインのサン・セバスチャンを「ヨーロッパ中で最もおいしい物にあふれた場所」と称した。そんな美食の街サン・セバスチャンはフランスに近い港町で、3軒のミシュラン三つ星レストランなど世界でも有数のベスト・レストランが集まる。

 その地において、「料理」で4年制大学の学位が取得できる上、食の研究施設として世界中から注目を集めているのが、2011年にできた「バスクカリナリーセンター(以下BCC)」である。アメリカ人フードライターのデビッド・ファーリーさんは、この地域で食文化が開花した背景に、バスク地方の方言で「クアドリア」という「固い絆で結ばれたコミュニティ」の存在を挙げている。それは街全体が「食文化」を知的財産として捉え、それを美食倶楽部やBCCという食の研究施設とともに熟成してきた結果だと言えるだろう。

 「料理を体系的に360度学ぶ」というコンセプトを持つBCCは、現在でも多くの地域で「職業人」として存在する食に関わる人々を、専門家として育てるためのプログラムを擁する。いかに調理し、どう食べるかということだけでなく、近年では食にまつわるサステナビリティが重視されるなか、こうした分野の研究についても、関係者を集めた研究会を開催するなどイニシアチブを発揮している。

GIC Tokyo開校の科学者向けコースに集まった研究者とシェフ|©kimurabungo

◆教育的観点に重きを置いたGIC Tokyo
 そのBCC初の国際拠点「GIC Tokyo」(東京・日本橋)は、明治時代に創業し、既存の開発事業のみならず、同時に「社会課題の解決」をビジョンとして掲げ、街の発展に注力してきた東京建物の新規事業の一つだ。これまでも、Tokyo Food InstituteやTokyo Food Lab、キッチンスタジオスイバといった食関連のイノベーション事業を手掛けてきた同社だが、GIC Tokyoの立ち上げを機に、より「教育的」観点に重きを置いたプロジェクトを立ち上げた形となる。

 本プロジェクトを立ち上げた沢田明大さんは、「BCCの培ってきた食における異分野融合のメソドロジーを、ここ日本でも発展させていくことで、日本の食の未来が大きく変貌することを期待しています」と話す。

食品関連の最新テクノロジーを搭載したキッチンラボ|©kimurabungo

 一方、教育プログラムを日本で展開することになるBCCのディレクター、アシアー・アレアさんは、「将来、さまざまな食企業やスタートアップなどのプレーヤーとともに新たなおいしさを生み出すことに期待している。夢は、GIC Tokyoが日本のシェフに対して、日本の食の新たなシーンを提供できるような仕掛けになることです」と話す。

 アレアさんによれば、日本とスペインの料理に関する共通点は2つあると言い、一つは素材を生かした調理法を重んじる点、もう一つは魚料理において限定的な食感を重視する点だという。

科学者向けコースを担当したワンカルロスさん(右)とシェフリサーチャーのべリセルさん(左)|©kimurabungo

◆日本ではここでしか学べない「ガストロノミーサイエンス」という学問
 今後どのようなプログラムが展開されていくのだろうか。沢田さんによれば、講義内容は、BCCのコンテンツの中で、日本に求められるニーズの高いコンテンツを順次提供予定だという。「形式は講義形式とワークショップ形式ともに対応予定で、GIC Tokyoにはキッチンがあり、実習も対応可能な設備を備えているので、必要に応じて使用していきます」

 実際に、オープン直後の昨年11月には、「科学者」向けの講義を展開したという。招待制で開かれた講座は、「ガストロノミーサイエンス」という、一般にはまだあまり馴染みのない内容だった。ガストロノミーサイエンスとは、食材を分子レベルで科学的に研究し、その知見を調理に生かす、といった分野の学問で、日本ではGIC Tokyoが提供するプログラムでしか学ぶことができないという。

 講師は国内外で革新的なアプローチで食を捉えているシェフや研究者たちだ。オープン早々、科学者向けの講義に続いて企業向けのコースが開かれた。参加者は役員や研究開発職、新規事業担当からエグゼクティブクラスで、新しい物への関心が高い層が多いという。講義にはBCCの教授で、持続可能で創造的な料理を作ることで知られるアルベルト・ロドリゲス・ベセリル氏が招かれた。

受講者の真剣な眼差しは、この分野への関心の高さを表す|©kimurabungo

 沢田さんによれば、参加した食品関係の事業者は、「世界の最先端のガストロノミーのトレンドと技術を学び、それをシェフ研究者が実際の料理として表現した上で試食・体感できる、今までにないコースだった。今後も継続して社内を広く巻き込んで受講していき、社内の意識変革を促したい」と受講後に感想を残した。

 気候変動による食糧危機の時代が目前と言われる昨今、食材の捉え方、調理や料理の仕方は、おいしいものを食するという単純なものだけではなく、マインドセットを変え、新たなアプローチが必要になってきそうだ。こうしたなか、GIC Tokyoを舞台に、日本が長年培ってきた食の技術や知識と、世界の最新の情報や知見が混ざり合うことで、新たな食文化や革新が生まれることへの期待が高まる。

取材に応じてくれたGIC Tokyoのゼネラルマネージャー(GM)で、東京建物の沢田明大さん|©kimurabungo

在外ジャーナリスト協会会員 寺町幸枝取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。

Text by 寺町 幸枝