「表現の自由」にノーベル平和賞 権力にも臆さない、事実ベース報道の重要性

マリア・レッサ|Aaron Favila / AP Photo

 10月8日、2021年のノーベル平和賞がフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサ(Maria Ressa)とロシアのジャーナリスト、ドミトリー・アンドリーヴィッチ・ムラトフ(Dmitry Andreyevich Muratov)の2人に授与されることが発表された。表現の自由を守るための功績を評価したものだ。彼らの活動と、いま改めて重要視される事実ベースの報道とは。

◆権力乱用に立ち向かう報道
 レッサとムラトフは共同で活動しているわけではないが、それぞれの「民主主義と平和存続の前提条件である表現の自由を守るための活動」が認められたことが、2021年のノーベル平和賞の共同受賞に至った。レッサは、フィリピン生まれだが、家族で米国ニュージャージー州に移住。プリンストン大学を卒業後、1986年にフルブライト奨学生としてマニラに戻り、独裁体制から民主主義構築への移行フェーズにあった母国の国営テレビにてジャーナリストとしての活動を開始。翌年、CNNのインドネシア支局の立ち上げに参画。18年間CNNに勤務し、マニラ支局長およびジャカルタ支局長として活躍。その後、フィリピンを代表する放送局ABS-CBNでの勤務を経て、2012年1月、3名の女性共同創業者とともに、マニラを拠点とするニュースサイト『ラップラー(Rappler)』を立ち上げた。

 レッサがCEOとして率いるラップラーの使命は、権力に対して真実の力で立ち向かい、よりよい世界のために行動を起こすコミュニティの構築を目指すことだ。ラップラーの前身は2011年に開始したフェイスブックのコミュニティ・ページで、透明性、責任、人権、報道の自由などといった社会課題に関連する議論の場であった。ラップラーの名称は、議論することを意味する単語「rap」と、波紋のように広がることを意味する「ripple」を掛け合わせたもの。ジャーナリズム、コミュニティー、テクノロジーという3つの柱を軸に、独立メディアとして存在する。

 ノーベル委員会は、レッサに対するノーベル賞の授与の理由を、表現の自由を通じて、彼女の母国フィリピンにおける権力乱用、武力行使、増大する権威主義を明るみにしたことと発表している。ラップラーは、不当な逮捕などで多くの死者を出しているドゥテルテ政権の麻薬取り締まりに対する批判的な姿勢で知られる。2016年以降、ラップラーは本件に対する調査報道に注力してきた。政府の発表数字である2167名の死者に対して、「原因不明の殺人」と分類されている約4000人もドゥテルテ政権の麻薬取り締まりに関するものであると報道。また、その後のさらなる調査により、政権のSNS戦略担当者がフェイスブック上でデマ情報を拡散していたという事実も発覚した。(ニューヨーク・タイムズ

 他方、ロシアのジャーナリスト、ムラトフは1993年に創刊したロシアの独立系新聞である「ノーヴァヤ・ガゼータ(Novaja Gazeta)」の創設者の一人で、1995年以降、計24年間、同紙の編集長を務めてきた人物。ノーヴァヤ・ガゼータは新しい新聞を意味する。ノーベル委員会は、権威に対する根本的な批判的姿勢をとる同紙は、今日のロシアで最も独立した新聞であるとし、ほかのメディアがほとんど報じないようなロシア社会の非難すべき要素に関する重要な情報源として評価した。

 ノーヴァヤ・ガゼータのジャーナリストは、ハラスメント、脅し、暴力、殺人の危機にさらされてきた。創刊以来、6名の所属ジャーナリストが殺害されている。そのうちの一人が、アンナ・ポリトコフスカヤ(Anna Politkovskaya)である。チェチェン共和国での報道に注力し、プーチン政権を批判する報道で知られていた彼女は、ちょうど15年前、2006年10月7日に、自宅アパートのエレベーターで暗殺された。ノーベル平和賞の授与にあたって取材に応じたムラトフは、ノーベル賞は自分ではなく、亡くなったそれぞれのジャーナリストに与えられるものであるとコメントした。

 ノーベル委員会は、自由で、独立した、事実ベースの報道は、権力乱用、うそ、戦争のプロパガンダに対して、身を守る役割を果たすものであると述べている

Text by MAKI NAKATA