車椅子とベビーカー、バスでどちらが優先されるべき……英国で注目の司法判断

 ちょうど5年前のとある出来事以来、イギリス社会で議論されてきた問題に先月、決着がついた。連合王国最高裁判所にて、優先エリアをめぐりバス会社と運転手を訴えた車椅子利用者が勝訴。エリア使用に明白な優先権が与えられたとして、車椅子利用者を中心に障害をもつ人々の間で祝賀ムードが高まっている。

 自家用車社会である北米ではほとんど話題にもならなかったようだが、イギリスと同じように公共交通機関の発達した日本にとっては、本件から学ぶことも少なくないのではないだろうか。

◆優先スペースは誰のため?
 事の発端は2012年2月24日。車椅子の男性が、両親と昼食をとるためウェスト・ヨークシャーのウェザビーからリーズに向かう途中にバスに乗ろうとしたところ、車椅子用スペースに先に乗っていた女性にベビーカーをたたむことを拒まれる。そこで男性は自分が車椅子をたたみ、一般の座席に着くことを提案するが、安全上の理由で運転手がこれを拒否。バスに乗ることができなかった男性は予定の電車も逃し、昼食には1時間遅れで到着した。

 その後、男性は運転手を告訴。一審で勝訴するも、バス運行会社のファーストグループ社がこれを不服とし上訴。高等裁判所はベビーカーに、優先でないにしろエリア使用の同等の権利を認め、運転手の行動を許容。審判は最高裁までもつれ込んだ。

 同社はそれまで「要請はしても命令はせず」というポリシーをとっていた。これを 「運転手にはより強い意志と態度で状況を制する義務がある」としたのが最高裁判決の主眼だ。男性の母親は判決を待たずに昨年亡くなってしまったというが、男性はこれまで信じられないくらいたくさんの人々からのサポートを得、この結果を「障害者の権利の勝利」と歓迎する。

◆世論は車椅子に同調
 この一件は、5年という長い期間、折に触れ注目を集めてきた。途中、ガーディアン紙も「どちらがよりスペース利用に値するか」とオピニオンを展開。先月の最高裁判決後は各紙がこれを報道しており、なかには自身または家族が障害を持つ人の意見も多い。BBCは車椅子利用者のディベートの模様をビデオで掲載。それらによると、バスに乗れないという体験を誰しも一度は経験しているようだ。

 ベビーカー利用者の手間と面倒を考慮しつつも、車椅子64%、ベビーカー2%、早い者順34%(テレグラフ紙)と、世論は概ね車椅子側に同調している。子育て中の親の情報交換フォーラムMumsnetでも反論はあまり見られない。乳幼児が寝ている場合、双子の場合、荷物が多い場合(子連れの場合たいてい当てはまる)など、ベビーカーをたたんで移動するのは確かに困難を極める。しかしながら、車椅子利用者には「ほかに選択肢がない」という一言につきるようだ。

 バス会社には最低車椅子1台分のスペースを確保する必要があるが、その他、たとえばベビーカーやスーツケースなどにはその義務はない。ハフィントンポストに寄稿した車椅子利用者は、ロンドンでは車椅子不在時に限り他者がこれを利用可と明記されているが、いったんロンドンを出るとこの点が曖昧になると指摘。そこに一つのガイドラインを示したのが、今回の判決の大きな功績だ。

◆ヒントは「優先エリア」という言葉のなかに
 ただ、注目したいのは、ベビーカー利用者の態度に多少の不満は聞かれるものの、今回の論争が決して「ベビーカー叩き」にはなっていないことだ。もちろん車椅子利用者に場所を譲る配慮が望ましいが、そのような場面でなければベビーカー利用者も配慮されるべき対象とみなされている。限られたスペースで、それを必要とするすべての人が残念ながら利用できない場合、どう優先順位を決めるかが問題であり、どちらが良いか悪いかという問題ではない。論争の焦点はあくまでも運転手の裁量をどこまで求めるのかということだ。両者が譲り合わない場合、降車命令、発車拒否をも視野に入れた断固とした対応を取ることができるのは、当人同士、あるいは他の乗客ではなく、運転手しかいないだろう。

 その意味で今回の判決は画期的だったわけだが、この種のセンセーショナルな議論はより大きな問題から目をそらしてしまうと危険視する声もある。二審後に出たインデペンデント紙の記事では、パーキンソン病を患う夫を持つ筆者が、車椅子ではなく軽量の歩行器をあえて使用している彼には車椅子エリアでの優先権がないこと、また車椅子・歩行器利用者の一般施設でのアクセシビリティがほとんど改善されていないことなどを指摘している。

 彼女が記事で望んだとおり、判決は最高裁で再び覆され、ベビーカーに対する車椅子の優先権が認められたわけだが、改善すべき点はまだまだ山積みのようだ。

Text by モーゲンスタン陽子