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天皇皇后両陛下のパラオ訪問 “戦後70年の傷を和らげる”と海外メディア

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天皇皇后両陛下のパラオ訪問 “戦後70年の傷を和らげる”と海外メディア

 天皇皇后両陛下が8日、元日本の植民地で太平洋戦争の激戦地だったパラオ共和国に到着した。同日夜に開かれた晩餐会には、パラオのレメンゲサウ大統領に加え、同じく植民地だったミクロネシア連邦とマーシャル諸島の大統領夫妻も出席。天皇陛下は、「ここパラオの地において、私どもは、先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し、その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います」とお言葉を述べられた。

 両陛下は、9日に激戦地のペリリュー島を訪れ、慰霊碑に献花をされる予定だ。主な海外メディアは、今回のご訪問の主目的はこの慰霊にあると、「日本の天皇が第二次大戦の戦場に向かう」(ロイター)、「日本の天皇が元植民地のパラオを第二次大戦絡みのミッションで訪問」(AFP)などと報じている。また、オーストラリアの公共放送局ABCは、ペリリュー島の洞窟の一つが70年ぶりに封鎖を解かれ、日本兵のものと思われる6体分の遺骨が見つかったと報じている。

◆激戦地ご訪問は陛下のライフワークと米識者
 AFPは、羽田空港を発つ際の天皇陛下のお言葉から、以下の2節を取り上げている。「私どもはこの節目の年に当たり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします」、「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」。ロイターは、「この旅は、戦後70年の傷を和らげるためのものだ」としている。

 また、ロイターは、今回のご訪問について、母方の祖父が硫黄島守備隊の最高指揮官・栗林忠道中将だという新藤義孝前総務大臣にインタビューしている。新藤議員は、ご訪問は戦争を賛美するためのものではないと前置きしたうえで、「もし(戦争で)死んだ人たちがいなければ、私たちは今、存在していない。だから、祖先を決して忘れてはならない」と語った。

 同メディアは天皇陛下が1992年に歴史問題を抱える中国を訪問した事や、10年前に同じく激戦地だったサイパンを訪問した事に触れ、「(天皇陛下は)自国で戦没者に哀悼を捧げるとともに、以前の敵との和解を助けると見られている」と記している。また、戦後の日本の天皇制をテーマにした著書があるポートランド州立大学のケネス・ルオフ教授は、「彼(天皇陛下)は、日本人は歴史の暗い部分を含め、自らを振り返る必要があると言い続けている」と指摘。パラオご訪問はそれを自ら実行するためのライフワークの一部だと見ているようだ。

◆99歳元日本兵はご訪問に「感謝」
 また、多くの兵士が戦闘よりも飢餓や疫病で命を落とした凄惨なニューギニア作戦を生き抜いた99歳の元日本兵は、ロイターのインタビューに「我々はお国のため、天皇陛下のため、家族のために戦わなければならないと感じていた。サイパンやパラオのような地を天皇陛下がご訪問することについては、本当に感謝しております」と答えている。両陛下は9日、元日本兵や遺族も見守る中、日本の慰霊碑だけでなく、アメリカ軍の慰霊碑にも献花される予定だ。

 ロイターはまた、各地で遺骨収集活動をする日本人の大学生にもインタビューしている。22歳の平野醇さんは、遺骨収集のボランティア活動を通じて自分が知らない「戦争」を肌で感じる一方、戦後70年が経ち、体験を語ってくれる戦争経験者が少なくなっている事を危惧する。パラオをはじめとする南太平洋諸国でもそれは同様だ。現地紙『Marianas Variety』は、パラオの92歳の日系移民の戦争体験やペリリュー島の戦闘、戦後の日系人の運命などを綴ったジャパン・タイムズの記事を、ご訪問に合わせて掲載している。

 一方、AFPは一足早く現地入りしていた日本メディアの過熱ぶりを取り上げている。通りに掲げられた日の丸には日本のテレビ局のカメラが「まとわりつき」、記者たちは地元住民から「インフラ整備などでいかに日本がパラオを援助したか」という話ばかり聞き出そうとしている、と同メディアは皮肉っている。

◆新たに6体分の遺骨発見
 一方、ペリリュー島では先週、戦後初めて70年ぶりに封鎖を解かれた洞窟から、日本兵と思われる6体分の遺骨が発見された。同島で1944年9月に繰り広げられた日米の戦闘では、防衛側の日本軍が島中にある自然の洞窟を要塞化し、激しいゲリラ戦を展開。日本側約1万人、アメリカ側も約1600人の戦死者を出した。戦後になっても、終戦を知らない34人の日本兵がこうした洞窟に潜んでいたという。

 洞窟にはまだ当時のブービートラップ(罠)や地雷などがある危険性もあるため、調査と遺骨収集に先立ち、パラオ人やイギリス人、オーストラリア人で構成するNPOの地雷除去専門チームが安全確認を行った。リーダーのスティーブ・バリンジャー氏によれば、封鎖を解かれたのは西海岸の岬にある対戦車砲豪として要塞化された洞窟で、「入口は狭く、非常に厳しい環境だった」という。

 バリンジャー氏はその洞窟内で発見された遺骨について、「対戦車砲を操作していた指揮官とその部下たちかも知れない」と言う。洞窟内と周辺からは、手榴弾や砲弾、小銃弾なども見つかった。遺骨は日本に送還され、その洞窟は既に再封鎖されたという。「まだ多くの洞窟に相当数の遺骨があるだろう。それらは墓場と見なされるべきもので、観光地として利用されるのはふさわしくない」とバリンジャー氏は語っている(豪ABC)。

(Newsphere編集部)

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