2026年5月9日から11月22日まで、第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展が開催されている。アフリカの現代芸術の発展に長年貢献してきたコヨ・クオ(Koyo Kouoh)が芸術監督に任命されていたが、昨年5月、病のため急逝。業界は深い悲しみに包まれ、生前に決められていた本ビエンナーレのテーマ「短調で(In Minor Keys)」は、その喪失感と重なって受け止められた。

クオはカメルーンで育ち、スイスの金融業界で働いたのち、セネガルに移住した。同国の首都ダカールに芸術機関「ロウ・マテリアル・カンパニー」を立ち上げ、2019年からは南アフリカのツァイツ・アフリカ現代美術館(Zeitz MOCAA)で、エグゼクティブ・ディレクター兼チーフ・キュレーターを務めた。作品以上に、作家その人との関係を大切にし、特にフェミニズムの視点を持つ作家を支えてきた。また、世界各地に離散する黒人作家を、共通の過去でつながるネットワークとして捉え、アフリカとディアスポラを結び直す「ブラック・ジオグラフィー」を、キュレーションの軸に据えた。

クオのキュレーションチームは、次のように述べている。「クオは共鳴や親和性に関心を寄せ、面識のない作家同士の合流を思い描いていた。(世界各地で活動する)作家の独創性、素材への幅広い実験、先見的なアイデアが、同時代の他の作家や動向とどうつながり合うのか。クオはそれを構想しようとした。その精神にのっとり、『短調で』は、クオが生涯をかけて築いてきた作家たちとの出会いを通じた“関係性の地理”を発展させたものである」。

クオの思想が反映された本展では、招待アーティスト数が111組と、前回の3分の1に絞られた。その分、一人ひとりに十分な空間が割り当てられ、複数の作品をじっくり見せる構成になっていた。作家の作品群に焦点を当て、その特徴や変遷を掘り下げる「モノグラフ展」に注力してきた、クオらしい展示手法だ。結果として、個々のアーティストが強い存在感を放った。ベネチア・ビエンナーレの2つの主会場である、ジャルディーニとアルセナーレの両方をまたいで同じ作家の作品が繰り返し登場する展示も特徴的で、反復や共鳴といった音楽的な要素が、テーマと響き合っていた。

以下、メイン会場の展示に参加したアーティストの中から、特にコヨと関わりの深かった人物や、会場で特に存在感を発揮していた人々を中心にピックアップして紹介する。

イッサ・サム(Issa Samb)

ジャルディーニ、アルセナーレの両会場における主役の一人が、クオにもっとも重要な影響を与えたセネガル人芸術家のイッサ・サム。アフリカ大陸初のアート集団として知られる「ラボラトワール・アジタール」を創設した彼は、自宅の中庭を拠点にストリートパフォーマンス、マニフェスト発表、廃物などを集めた「アサンブラージュ(寄せ集め)」という手法を用いた作品制作などを行った人物。政治的意識に基づいた彼の芸術は、変化し続けるプロセスであり、対話のプラットフォームであった。

本ビエンナーレではサムの展示の横にマルセル・デュシャンの紹介が並んだ。キュレーターのクオが注目したのは、まったく異なる環境で生まれた2人の実践に見出される共通項。それは新たにオブジェクトを創作するものではなく、何がアートかという定義や通説を揺るがすような問いを投げかけるという行為なのだ。

オトボン・ンカンガ(Otobong Nkanga)

ナイジェリア出身、彫刻、タペストリー、パフォーマンスなど多様なメディアを活用した作品を展開するビジュアルアーティスト。身体や領土、鉱物、大地との間に広がる複雑な社会的・政治的・物質的関係性をテーマにした、詩的な作品を展開する。ビエンナーレでは、ジャルディーニの中央パビリオンの入り口の柱をレンガで覆い、会期中成長し続ける植物の鉢を設置。アーティストだけでなく、自然の生き物もまたアートを生み出す担い手なのだ。2019年、Zeitz MOCAAで開催されたンカンガの個展は、クオがキュレーションを担当。

センゼニ・マルセラ(Senzeni Marasela)

南アフリカ出身で、廃坑となった金鉱山の近くで育ったマルセラは、鉱山開発がアフリカ人女性の生に及ぼした影響、そしてアパルトヘイトによる強制移住と労働制度が黒人家族にもたらした傷を作品の主題とする。ビエンナーレでは7点の大型吊り下げ式テキスタイル作品によるインスタレーションを発表。これらは儀礼用毛布「チャリ(tjali)」に、赤い毛糸を幾重にも垂らして手縫いで取り付けたもの。縫い目のパターンは、崩落した鉱山の斜面を示す地図を辿っている。2020年、ツァイツ・アフリカ現代美術館(Zeitz MOCAA)にて開催されたマルセラの個展は、クオが2名のキュレーターとともに手がけたものだ。

ビリー・ザンゲワ(Billie Zangewa)

マラウイ出身、南アフリカのヨハネスブルグで活躍するザンゲワは、キュレーターのクオと長期にわたって関係性を築いてきた作家の一人。シルクの端切れを使ったコラージュの手法を用い、「日常のフェミニズム」を描き出す。ザンゲワは、クオが2015年にキュレーションした、フェミニズムと女性の身体をテーマにした展覧会「ボディ・トーク」に参加している。

ウェレウェレ・リキン(Werewere Liking)

リキンは今回の展覧会でもっとも存在感を放っていたアーティストの1人。カメルーン出身、コートジボワールを拠点に活躍する彼女は、詩、文学、演劇、絵画、彫刻など多様なメディアを通じて作品を発表するアーティスト。目に見えない、スピリチュアルな世界と、物質世界の交わりをテーマにした作品を手がける。ビエンナーレでは、女性像などをモチーフにしたファンタジックな世界観が特徴的な絵画シリーズに加え、絵画をそのまま立体化したような彫刻作品が並んだ。1箇所ではなく、会場の随所に展示されることで、繰り返される旋律のような役割を果たした。

カロキ・ニャマイ(Kaloki Nyamai)

ケニア出身のニャマイは個人的な記憶、世代を超えて受け継がれてきた学びをモチーフにしたビジュアルアートを手がける。キャンバスを縫い合わせた巨大なタペストリー彫刻の人物は、表情が具体的には描かれず、コラージュされた多様な素材の質感と色調が、その感情を浮かび上がらせる。ビエンナーレの会場では大型のタペストリー作品を6点出展。大型の作品を作ることで、空間における存在感を示し、対話を促したいという狙いがある。

ダニエル・リンド=ラモス(Daniel Lind-Ramos)

プエルトリコ出身、リンド=ラモスの作品は、拾い集められたオブジェを使った大規模なアサンブラージュ彫刻だ。その造形は巨大な守護神のような存在感を放つ。ビエンナーレでは逃亡奴隷(マルーン)の歴史を題材にした作品を発表。素材の一つには、プエルトリコにおける黒人の歴史において「移動・逃亡」を象徴するプラスチック製のカヤックが用いられた。

アイルソン・エラクリト(Ayrson Heráclito)

ブラジル出身のアーティスト・研究者で、西アフリカの宇宙観に根ざした祖先のエネルギーをモチーフにした作品を手がける。ビエンナーレの展示では、西アフリカからブラジルに強制的に連れてこられた人々によって、西アフリカ由来の信仰がブラジルで形成されたアフロ・ブラジル宗教「カンドンブレ」に関係する紋章や道具を描いた、ドローイングとステンレス彫刻からなるシリーズ「Juntó」を発表した。

世界各地で活動するこれらのアーティストに共通するものは何か。歴史、記憶、伝統、信仰を、変化し続けるものとして扱う姿勢ではないだろうか。拾い集められた物、成長する植物、縫い重ねられるテキスタイルが生み出す新しい世界の中に、クオが描いた「関係性の地理」が浮かび上がる。

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Maki Nakata

Asian Afrofuturist
アフリカ視点の発信とアドバイザリーを行う。アフリカ・欧州を中心に世界各都市を訪問し、主にクリエイティブ業界の取材、協業、コンセプトデザインなども手がける。『WIRED』日本版、『NEUT』『AXIS』『Forbes Japan』『Business Insider Japan』『Nataal』などで執筆を行う。IG: @maki8383