2つの「トランプ関税」、それぞれの狙いとは?
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アメリカのトランプ政権下で導入された関税政策は、同国経済の保護と国際貿易の再構築を目的として多様な形で実施された。これらの関税は、大きく「特定品目関税」と「特定国関税」に分類される。前者は経済合理性を強く反映し、国内産業の保護や市場競争力の強化を優先する。一方、後者は政治性を帯び、他国との交渉や地政学的戦略を念頭に置いた「ディール」の道具として機能する。本稿では、この2つの側面を分析し、それぞれの特徴と影響を明らかにする。
◆特定品目関税:経済合理性の追求
特定品目関税は、鉄鋼、アルミニウム、太陽光パネル、洗濯機など、特定の製品や産業に対して課される関税である。この関税の主な目的は、国内産業の保護と雇用の維持・創出にある。例えば、2018年に導入された鉄鋼(25%)とアルミニウム(10%)への関税は、アメリカの鉄鋼産業が中国などの低価格製品による競争圧力に直面していた状況を背景としている。これにより、国内生産者は価格競争力を取り戻し、雇用の安定や工場の再稼働が実現した。
この関税の経済合理性は、以下の点で顕著である。第一に、国内産業の保護を通じて、輸入依存度を低減し、サプライチェーンの安全性を高める効果がある。特に、鉄鋼や半導体のような戦略的産業では、国家安全保障の観点からも重要である。第二に、関税による輸入コストの上昇は、国内生産の価格競争力を相対的に高め、製造業の復活を促す。実際に、鉄鋼関税導入後、アメリカの鉄鋼生産能力は増加し、複数の製鉄所が再稼働した。
しかし、特定品目関税には課題も存在する。輸入品の価格上昇は、消費者物価や製造コストに影響を及ぼし、自動車や建設業界など関連産業に負担をかける。また、報復関税を誘発し、アメリカの輸出産業(例:農産物)が打撃を受けるケースも見られた。それでも、特定品目関税は、経済的利益と産業保護を優先する合理的なアプローチとして、トランプ政権の貿易政策の基盤を形成した。
◆特定国関税:政治性を帯びたディールの道具
一方、特定国関税は、中国、カナダ、メキシコ、欧州連合(EU)など特定の国や地域を対象に課される関税である。代表例として、2018年から2019年にかけて中国に対して段階的に課された最大25%の関税が挙げられる。これらの関税は、経済的効果以上に、国際関係や貿易交渉における政治的レバレッジを重視する。
特定国関税の政治性は、トランプ大統領の「ディール」の哲学に根ざしている。トランプ氏は、関税を交渉の道具として活用し、相手国に譲歩を迫る戦略を採用した。例えば、米中貿易戦争では、関税を通じて中国に知的財産保護の強化や貿易赤字の削減を求める圧力をかけた。この結果、2020年の「第1段階合意」に至り、中国はアメリカからの輸入拡大を約束した。また、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直し交渉では、カナダとメキシコに対する関税圧力が米・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の締結を後押しした。
この関税の政治的効果は、他国との力関係を再定義し、アメリカの交渉力を強化することにある。特に、中国に対する関税は、経済的な対抗措置を超えて、技術覇権や地政学的競争の文脈で解釈される。トランプ政権は、関税を通じてアメリカの戦略的優位性を確保しようとしたのである。
しかし、特定国関税には経済的リスクも伴う。対象国からの報復関税は、アメリカの輸出産業に打撃を与え、農産物や製造業の市場を縮小させた。また、関税の長期化はグローバルサプライチェーンの混乱を招き、企業や消費者にコストを押し付けた。さらに、特定国関税は同盟国との関係悪化を招く場合があり、例えばEUやカナダとの一時的な緊張は、アメリカの国際的信頼性に影響を及ぼした。
◆2つの関税のバランスと今後の展望
特定品目関税と特定国関税は、それぞれ経済合理性と政治性を軸に異なる役割を果たす。前者は国内経済の保護と競争力強化を優先し、産業政策としての合理性を追求する。後者は、国際交渉や地政学的戦略を重視し、関税をディールの道具として活用する。この2つの側面は、トランプ関税の複雑さと多目的性を示している。
しかし、両者のバランスは容易ではない。特定品目関税の経済的利益は、報復関税やコスト上昇によって相殺されるリスクがある。一方、特定国関税の政治的効果は、経済的損失や国際関係の悪化を招く可能性がある。トランプ政権は、この2つの関税を戦略的に使い分けたが、その長期的な影響は依然として議論の対象である。
今後、関税政策はアメリカの経済環境や国際情勢に応じて進化するだろう。特定品目関税は、戦略産業の保護や気候変動関連技術の育成に焦点を移す可能性がある。一方、特定国関税は、中国との技術競争や新たな貿易協定の交渉で引き続き重要な役割を果たすだろう。いずれにせよ、関税の2つの側面を理解することは、現代の貿易政策を評価する上で不可欠である。