解説:侵攻の正当化にナチスを利用するプーチン 非難できないイスラエル

Oded Balilty / AP Photo

 ロシアがウクライナへの侵攻を開始した2月24日に先立ち、プーチン大統領は、軍事作戦にはウクライナを「非ナチ化」する目的があると世界に向けて発信した。ウクライナを率いるゼレンスキー大統領は、自身も親族がホロコーストで犠牲になったユダヤ系であり、親欧米派で民主的に選出された政権を担っている。

 プーチン大統領はロシアによるウクライナ侵攻を正当化するためのカギになる要素として、ホロコーストや第二次世界大戦、ナチズムを利用してきた。歴史学者はこれを、ロシアの指導者が目的を果たすために偽装したデマであり、人々を欺くための策略であると指摘する。

 イスラエルはホロコーストでナチスに殺害された600万人のユダヤ人に心から追悼の意を表しているものの、ロシア政府との安全保障関係を重んじ、慎重な態度を示している。

 往年の悪夢が今日の国際問題にいかに影を落としているのか、詳細を分析する。

◆ロシアを象徴する戦争
 ソビエト連邦で推定2700万人の犠牲者を出した第二次世界大戦は、ロシアのナショナル・アイデンティティの根幹となっている。現在のロシア政府内でソビエト社会主義共和国連邦が果たした役割について疑問を呈することは、いかなる内容であっても当局者の機嫌を損ねる。

 一部の歴史学者によると、これは第二次大戦中の特定の歴史的真実に手を加えようとするロシアの試みと関連しているという。ロシアはナチスを打ち倒したソ連の役割を誇張する一方で、ソ連国民がユダヤ人迫害に加担していたことについては黙殺している。

 ロシアはウクライナに対し、とくに親ロシア派政権が倒された2014年以降の政治指導者についてナチズムとの関連付けを試みてきた。

 このことはウクライナがソビエト連邦の一部であり、ナチスドイツの占領下にあった時代の1941年に端を発する。イスラエルのホロコースト記念館であるヤド・ヴァシェムによると、ソ連の敵対勢力に対抗する手段のひとつとして、一部のウクライナ民族主義者はナチスによる占領を歓迎していたという。そして他国同様に、ナチスへの協力行為も行われていたと歴史学者は話す。

 2014年以降のウクライナには、ユダヤ人やウクライナ在住のポーランド人を脅かすために行われた協力行為やすでに立証されている犯罪よりもソ連からの支配に抵抗したことを重んじ、当時の民族主義の闘士を称えようとする政治家もいた。

 しかしそれを飛躍して、ウクライナの現政権がナチス国家であると批判することは同国の政治の実態を反映していることにはならない。ウクライナは選挙で圧勝をおさめたユダヤ系の大統領が政権を率いており、多くの国民は国の民主化がさらに進むこと、政治の腐敗が改善され欧米寄りの路線を取ることを望んでいる。

 エルサレムにあるヘブライ大学で歴史学を研究するジョナサン・デケル・チェン教授は「ナチズムをなすすべての要素を考慮しても、ウクライナに存在するものは何もない。領土的野心、国家ぐるみのテロ、過激な反ユダヤ主義、偏見、独裁政権、当てはまるものが何もない。つまりこれは完全なフィクションだ」と語る。

 さらに、ゼレンスキー大統領はユダヤ系であり、祖父は第二次大戦を生き延びたものの、祖父の兄弟のうち3人がドイツ占領軍により殺害された。この事実をもってもロシア当局は、ゼレンスキー大統領をホロコースト下でナチスへの協力を強いられたユダヤ人に例えることを止めなかった。

◆ホロコーストの曲解
 政治的な目的のために歴史を悪用するプーチン大統領の手口は、他国においてもよく見受けられる。その代表的な国であるポーランドでは、ホロコーストに関するスピーチを規制した2018年の法律などにより、広く流布する学識に反する民族主義的な主張が当局によって宣伝されている。

 その法律は、ナチスドイツの犠牲者であるポーランドがホロコーストに対する責任を負うことに異論を呈するものである。この法律についてイスラエルでは多くの国民が、第二次世界大戦中のドイツ占領下で一部のポーランド人がユダヤ人を殺害していたという事実を隠ぺいするための策略だと認識しており、国中で反感が高まった。ヤド・ヴァシェムもまた、その法律に反対の意思を表明している。

 テルアビブ大学とヤド・ヴァシェムで歴史学を研究するハビ・ドレイフス氏は、世界ではホロコーストの否定とホロコーストの曲解がまかり通っていると指摘する。国や機関がそれぞれ独自の歴史的解釈を持ち出し、ホロコースト犠牲者への追悼が損なわれるような事態に陥っているという。

 同氏は「ホロコーストの時代に向き合うすべての人が何をおいてもするべきことは、入り組んでいた当時の社会状況の把握に専念することであり、今日も続く記憶をめぐる戦争を念頭に置くべきではない」と話す。

◆イスラエルにとっての利益
 ホロコーストは、イスラエルのナショナル・アイデンティティの核心部分となっている。ホロコーストの犠牲者を追悼する記念日には、イスラエル全土で2分間の黙とうが捧げられる。ヤド・ヴァシェム記念館には学校に通う子供たちや業界団体、兵士らが定期的に訪れる。ホロコーストを生き延びた最後の世代による語りは、これまでと変わりなくニュースで伝えられる。

 イスラエルはホロコーストの記憶をめぐって、ポーランドなど特定の国と衝突を重ねてきた。一方で、プーチン大統領が唱える大義名分を非難することには一段と弱気であるように見えると一部の監視団体は指摘する。その背景には、今日の安全保障上の利益がある。イスラエルはロシアとの連携に依存することで、敵国の武器保管庫があるとされるシリア国内の標的を攻撃することができるのだ。

 2020年、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の解放を記念する式典がエルサレムで開催され、各国首脳が出席した。式典でのプーチン大統領の発言と、独自に制作した映像資料をめぐってイスラエルは非難の的となった。プーチン大統領が掲げる大義名分に偏った内容であり、歴史的事実からかけ離れていると歴史学者は批判する。

 イスラエルは、ウクライナ攻撃を目論むロシアを非難することなく静観を貫いた。評論家のラヴィヴ・ドラッカー氏はハアレツ紙に記事を寄せ、ロシアを刺激しないようにしながらも当初はウクライナを支援しようとしていた同国の対応について「歴史の流れに逆行している」と言い表した。

 2月24日、イスラエルのヤイール・ラピッド外務大臣は、ロシアの攻撃を「国際ルールへの重大な侵害」と非難した。しかしナフタリ・ベネット首相はロシアの攻撃について、公に非難することをやめた。

 イスラエルはロシアが掲げる大義名分に異議を唱えることよりも、自国の地域安全保障をめぐる利害関係により大きな関心がある、とするのはヴェラ・ミシュリン・シャピール氏である。イスラエル国家安全保障理事会の役員を務めた経験をもち、同国のナショナル・アイデンティティについての本『Fluid Russia(変わりゆくロシア)』を執筆した。

 同氏は「ロシアは私たちの最大の敵に武器システムを提供することもできる。それゆえに、イスラエルはきわめて慎重に対応している。慎重すぎるほどに、と言うこともできるだろう。イスラエルの安全保障の核心に関わる重要な点はここにあるからだ」と語る。

By TIA GOLDENBERG Associated Press
Translated by Mana Ishizuki

Text by AP