火花散らすインドと中国の「ワクチン外交」 南アジアの分断はらむ覇権争い
1月下旬、インドと中国の「ワクチン外交」をめぐり、両国メディアが舌戦を繰り広げる出来事があった。事の発端は24日、インドの日刊紙ヒンドゥスタン・タイムズが「ダッカ(バングラデシュ政府)は中国から臨床試験の費用分担を求められ、インドにワクチンを頼る」という見出しの記事を掲載したことだ。
同報道はダッカとデリーの外交官の話として、昨年10月頃、中国のシノバック・バイオテックは同社が開発した不活化ワクチン「コロナバック」の供給に関する契約をバングラデシュ政府と締結しようとしたが、シノバックが同政府に臨床試験費用の一部を負担するよう求めたため頓挫。バングラデシュはインドにワクチンを頼らざるを得なかったと報じた。
するとその数日後、中国の国営メディア「グローバル・タイムズ」(「環球時報」国際版)は同記事の内容は「誇張である」と反論。26日に掲載された「バングラデシュでのシノバックワクチン試験停止の背後にインドの干渉」では、シノバックとバングラデシュ政府は早ければ昨年7月の時点で臨床試験の実施で合意していたこと、インド政府の横槍が入ったことで、8月から実施予定であった臨床試験の開始が10月に延期されたことを伝え、その影響でシノバックは臨床試験の費用を再分配する必要に迫られ、費用の負担を求めるようになったと主張した。また、国際共同臨床試験では費用の分担は普通であり、合意に至らなければ協力の取り消しも普通のことであるとし、「インドはおそらく南アジア地域のワクチン市場を独占したいと考えており、中国ワクチンを地域から追い出そうとしている」という中国社会科学院アジア太平洋・グローバル戦略研究院の田光強氏の意見も交えながらインドを批判した。
この一件はメディア同士のいざこざに過ぎず、印中両政府が非難の応酬を繰り広げたわけではない。しかしながら、ワクチン供給をめぐる両国の争いは激しさを増す一方で、場合によっては南アジア、ひいては世界の分断を推し進め、情勢をさらに悪化させかねない状況だ。
◆ワクチン外交の効果は「一時的」という見方も
中国が南アジア諸国向けにワクチン外交を本格化させたのは、昨年7月頃と思われる。中国は同月27日に南アジア諸国を招き、新型コロナ対策をテーマにしたオンライン多国間会議を初開催した。第1回目の参加国はパキスタン、ネパール、アフガニスタンの3ヶ国だったが、中国の王毅外相は会議の場でワクチンの研究開発が完了し、使用が承認されたあかつきには、3ヶ国に優先的に供給することを申し出ている。同会議は今年1月までに計3回(7月・11月・1月)開催されたが、すべてに参加したのはパキスタンとネパールのみで、アフガニスタンとバングラデシュ、スリランカは2回、インドとブータン、モルディブにいたっては一度も参加していない。このように、ワクチン調達がままならない途上国でも中国への対応に違いが見られたのは、こうした国々がインドと中国の外交の狭間で揺れ動いているからに他ならない。
インドもモディ政権が掲げる「近隣第一主義」(Neighbourhood first policy)に則り、昨年秋頃から近隣諸国にワクチンの無償提供や優先供給を持ちかけ、関係改善・強化を図ってきた。インドは近隣諸国から「独裁的」などと批判されることも珍しくないが、ワクチン供給に関しては自国のみを優先せず、公平に分配するイニシアチブ「ワクチン・マイトリ」(ワクチンによる友愛)を掲げ、近隣諸国だけでなく、欧米諸国からも一定の評価を得ている。なかでも19年12月の市民権法改正施行後に関係が冷え込んでいたバングラデシュや、国境問題や中国との共同インフラ整備事業などでたびたびインドを刺激してきたネパールの首相がモディ首相に感謝の言葉を贈ったことは、両国との距離を再び縮めるきっかけになるとの期待があり、実際にワクチン供給で合意した後の二国間交流は以前より活発化している。
一方でワクチン外交の効果は「一時的」と分析するインドの識者も多い。インドは中国と比べると経済規模が小さく、多額の資金を要するインフラ整備などでの支援事業ではどうしても中国に太刀打ちできないからだ。また、インドがワクチンを無償提供したとしても、中国が同様にワクチンを提供してしまえば、それほど優位な立場にはならない。経済的に貧しい南アジア諸国の外交戦略としては、近隣の経済大国であるインドと中国からいかに良い支援策を引き出せるかが重要であり、識者が一時しのぎのパフォーマンスと指摘するのも不思議ではない。
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