トランプ見極めた中国が攻勢に出るか 変化するアジアのパワーバランス

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 北朝鮮危機に、南シナ海・東シナ海での領土争い……。今やアジアが世界有数の紛争の火薬庫なのは明白だ。海外メディアでは、その認識が渦中の日本以上に強いかもしれない。米メディアなどで識者やジャーナリストが2018年のアジア情勢を占っているが、共通する基本認識は中国の支配が進むとともにアメリカの影響力が後退するというものだ。最も危険な発火点は尖閣諸島がある東シナ海だという見方もある。日本にとっても厳しい1年となるかもしれない。

◆中国有利な支配構造構築が加速か
 豪ラ・トローブ大学のニック・バイズリー教授(国際関係)は、「2017年、我々はアジア諸国が享受した40年間の地政学的安定が終わったことにようやく気づいた。2018年は、アジア地域の支配パターンが一気に浮き彫りになるだろう」と語る(オピニオンサイト『カンバセーション』)。

 米中の国交が正常化した1970年代から、アメリカは中国の経済が世界と共存すれば、政治的にも自由化するという見込みのもと、対中政策を進めてきたとバイズリー氏は解説する。しかし、習近平国家主席就任後の5年間で「その楽観主義が的外れだったことがはっきりした」と言う。そして、「中国は豊かになるにつれ、より権威主義的に、よりナショナリスティックになっており、国際社会の環境をもっと自国の利益にかなう形に変えることに非常に熱心になっている」と分析する。

 バイズリー氏だけでなく多くの識者が、戦後のアジアはアメリカ基準の価値観で動いてきたが、今、中国がそれを自国基準に変えようとしていると見ている。そして、今年はその変化が実際に進むという見方が強い。バイズリー氏は「中国は今や、国際環境を自分のイメージに合わせて形成しようとしている国だと見られている。これにより、アメリカはアジアと世界全体の両方で、中国のパワーに対抗することが予想される」とし、アメリカは今年、中国の国際社会のルールを無視した貿易政策に「何らかのアクションを起こす」ことや、「中国の海洋進出を押し戻す軍事行動」を加速させると予測する。

◆トランプ政権は「張子の虎」
 そうしたアメリカの圧力に対し、中国も「沈着冷静には反応しない」とバイズリー氏は警告する。「2018年の真のリスクは、中国が自らを過大評価することだ」とし、アメリカの動きに対し、これまで以上に挑発的な態度を取る可能性が高いと見ている。

 昨年のトランプ米大統領就任後1年間で、中国はトランプ政権が「張子の虎」なのを見抜いたと同氏は言う。選挙期間中の勇ましい対中発言とは裏腹に、トランプ大統領は実際には「驚くほどソフトな」対中路線を取り、習主席とも個人的に良好な関係を築こうと努めたと分析。それを見極めた中国は、今年はより攻撃的な行動を活発化させる可能性が高いと見る。

 アメリカで最も権威があるとされる世論調査、ギャラップ調査によれば、中国視点だけでなく、日本、オーストラリア、韓国、東南アジア諸国から見ても、昨年1年間で「アメリカンパワー」が「若干信頼を失った」という(CNN)。それは、例えば日本が脱アメリカ依存の一環として、インドやオーストラリアとの準同盟関係構築を目指す外交に勤しんでいることに表れている。CNNはそれを、「地域へのアメリカの関与が不確実になってきている。アメリカがもう後ろ盾とならない日に備えて、アジアのリーダーたちは互いの関係強化を進めている」と伝えている。

◆尖閣諸島と台湾海峡に迫る危機
 では、増長する中国と、米側陣営が対立を深める具体的な発火点はどこか。バイズリー氏は、中国の人工島建設に伴い、昨年アメリカなどが「航行の自由作戦」を展開した南シナ海よりも、日中が尖閣諸島を挟んで対峙する東シナ海が危険だと見る。同氏は、南シナ海では、中国が基地建設という当初の目的を概ね果たしたことで「今年は緊張が緩和に向かう」としている。アジアタイムズのエマニュエル・シミア氏(ジャーナリスト・外交アナリスト)も、「中国は特に南シナ海で急速に支配力を強めている」と、南シナ海では中国の勝利が確定しつつあると見ているようだ。その分、中国は今年、東シナ海の支配力強化に注力する可能性が高いという論理だ。バイズリー氏が言うように中国が日本のバックにいるアメリカを「張り子の虎」だと見くびっているとすれば、尖閣海域でより思い切った軍事行動に出る危険性は十分にあると言わざるを得ない。

 一方、当然、北朝鮮情勢の趨勢も重要だ。CNNは、北朝鮮情勢がどのような結末を迎えるかによって、アジアのパワーバランスが決まると見ている。これについて、ハーバード・ケネディ・スクールの朝鮮半島情勢の専門家、ジョン・パク氏は、トランプ大統領が韓国の犠牲を伴う北朝鮮への軍事攻撃を繰り返し示唆している時点で「アメリカがソウルをロサンゼルスと同じように守るという数十年来の約束の根幹が揺らいでいる」とし、既に米韓関係にひびが入っていると指摘する。

 また、昨年10月の中国共産党大会で、習主席が「台湾と本土の統一」が自身の政策の最重要課題だと、これまで以上にはっきりとした言葉で明言したのも気になるところだ。香港の識者は、CNNに「中国がより攻撃的で強力になり、アメリカが後退している今、北京政府は(台湾に対し)何らかの驚くべき行動を起こすかもしれない」と語る。インドも、防衛の焦点を対パキスタンから対中国に移すことを陸軍のトップが年明けに明言し、警戒感を強めている。一方、南シナ海で中国と対峙する東南アジア諸国は、フィリピンをはじめ、既に中国の経済力と軍事力の前に屈しつつあるという見方が強い。バイズリー氏はその中で唯一最近アメリカとの関係を強めているベトナムの動きが、今後の東南アジア情勢の「リトマス試験紙になる」としている。また、中国と経済的関係が深い一方で軍事的に対立するオーストラリアは、「巧みな外交が求められる」(CNN)と見られている。

Text by 内村 浩介