ロヒンギャ帰還、始められず ミャンマー政府への不信感募らせる国際社会

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 ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する”民族浄化”問題が、混迷を深めている。昨年8月の暴動に端を発したミャンマー軍の激しい迫害により、これまでに65万人以上のロヒンギャ難民が隣国バングラデシュに流入。両国政府の合意により、今週から難民の帰還事業が始まる予定だったが、時期尚早だという国連や人権擁護団体の非難を受けて延期された。

 また、ロヒンギャ問題外部諮問会議の主要メンバーで、前米ニューメキシコ州知事のビル・リチャードソン氏が25日、初会合からわずか3日目でミャンマー政府によって解任されるという前代未聞の事件も起きた。リチャードソン氏は、ミャンマー政府と同国指導者のアウン・サン・スー・チー氏に対する不信感をニューヨーク・タイムズ紙(NYT)に漏らしている。

                                                                                                                 

◆難民の帰還は延期
 ロヒンギャは、主にミャンマー西部のラカイン州に暮らすイスラム系の少数民族。「ロヒンギャ族」という明確な人種・民族集団があるわけではなく、インド方面から移住してきたイスラム教徒の一集団を指す。多民族国家のミャンマーの歴史の中で、仏教徒である土着のアラカン人や多数派のビルマ族などと対立を深めている。

 昨年8月には、ロヒンギャの武装組織が地元警察署などを襲撃、その鎮圧を名目にミャンマー軍が虐殺、レイプ、村を焼き払うなどの残虐行為を繰り返しているとされ、国連やアメリカから「民族浄化」だと激しい非難を受けている。「国境なき医師団」の試算では、昨年12月だけで少なくとも子供を含む6700人のロヒンギャが殺害されたという。ミャンマー政府は、一人もロヒンギャを殺害していないと、真っ向からこれを否定している。

 迫害から逃れたり村を焼け出されたりした人々は、続々と隣国のバングラデシュに避難。約65万人が国境付近の難民キャンプに収容されているとされる。バングラデシュ政府は、難民の保護に協力しつつ、昨年11月に中国の仲介でミャンマー政府と早期に帰還事業を開始することで合意。今週にも動き出す予定だったが、公式には準備不足を理由に延期された。

◆「典型的な民族浄化」
 帰還延期の背景には国際社会の厳しい非難の声がある。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は、「確かに少数の難民は帰りたがっている」としながら、受け入れるミャンマー政府の対応に不信感を抱く。ミャンマー側は3万人分の一時的な難民収容施設を用意するとしているが、同国政府には2012年の暴動後、約12万人のロヒンギャを収容所に隔離し、外に残っていたロヒンギャの移動を制限した”前科”があるとされる。

 WSJは、これを念頭に、バングラデシュの難民キャンプでも既に多くの子どもたちが栄養失調に陥っており、今ミャンマーに帰ってもさらに状況は悪くなるだけだと懸念。ロヒンギャ難民は、ミャンマー政府の言うことを「疑うべきだ」としている。そして、バングラデシュ政府の帰還延期の決定を現実的な選択だと好意的にとらえている。

 もちろん、最終的には皆が無事にラカイン州の家に帰ることが望ましいというのが、国際社会の一致した見方だ。英ガーディアン紙は「そうでなければ、市民をレイプし、暴力を振るい、家を焼いて子供すら殺した(ミャンマー軍の)治安部隊や民兵に対して、敗北を認めることになる」と書く。米ティラーソン国務長官や国連人権委員会は、ミャンマー軍によるロヒンギャの弾圧は「典型的な民族浄化」だと非難しているが、このままミャンマーからロヒンギャが姿を消せば、まさに”浄化”が完遂されてしまうという捉え方だ。とはいえ、安全と生活が保障されない限りは帰るわけにはいかないというジレンマに陥っているのが現状だと言えよう。

◆スー・チー氏の「盟友」を解任
 こうした中、ミャンマー政府は、アウン・サン・スー・チー氏の号令のもと、西側諸国や国連の有識者を招いたロヒンギャ問題解決のための複数の委員会や諮問会議を設置。国際社会の意見を聞き入れるポーズは見せている。しかし、その中で最も新しい諮問会議は設立から3日目で空中分解。主要メンバーのビル・リチャードソン氏がホストのミャンマー政府により突然解任されたのだ。

 前ニューメキシコ州知事のリチャードソン氏は、クリントン政権下で国連大使も務めた人権派として知られるベテラン政治家だ。解任の発端は、ロヒンギャ居住地域で取材活動をしたためにミャンマー政府に拘束されたロイター通信記者2名の釈放を求めたことのようだ。スー・チー氏にその話題を切り出した際の様子を、リチャードソン氏はNYTに次のように語っている。「彼女の顔はブルブルと震えた。もし、もっと近くに立っていたら彼女は私を叩いたかもしれない。それほど逆上していた」。

 諮問会議のスラキアット・サティアンタイ議長(タイの政治家)も、リチャードソン氏の目には事なかれ主義でミャンマー政府の太鼓持ちのように見えたという。ミャンマー政府は、リチャードソン氏はロヒンギャ問題以外のことにまで口を出したと、解任の理由を語っているが、アリバイ作りのための会議に本音で参加したことが、真の解任の理由と見て良さそうだ。リチャードソン氏は、民主化運動を率いて当時の軍事政権に軟禁されていたスー・チー氏に、1994年に外国人として初めて面会した同氏の盟友とも言える人物だ。それだけに、ノーベル平和賞受賞者でもあるスー・チー氏への失望も大きい。「(自身の解任によって)彼女が目を覚ませば良いのだが、私はそれには懐疑的だ。彼女は、国連、国際メディア、人権保護団体、他のノーベル賞受賞者が連なる”敵”のリストに、私を加えたことだろう」。

 国連は、公式サイトの記事を通じて、まだロヒンギャが安全に帰還できる状況ではないという見方を示している。

Text by 内村 浩介

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