カメラがとらえた北朝鮮兵士の脱出劇 40発の銃弾のなか韓国側へ

United Nations Command via AP

 寒く、曇った日の午後3時11分。世界で最も重武装された国境の北朝鮮側に、自由を目指し、たった一人で走る兵士がいた。

 その兵士を乗せた濃いオリーブグリーンのジープはまっすぐな並木道を急ぎ、黄褐色の荒れ地を過ぎ、ヘッドライトが朝鮮戦争時に囚人の交換が行われた「帰らざる橋」跡を越えていく。11月22日に公開された動画には、走り去るジープを目にした他の警備兵たちの動揺がはっきりと映し出されている。それもそのはずだ。仲間の一人が、南に向けて脱出を図っていることにやっと気づいたのだから。

 彼らは全速力で脱走兵を追いかける。

 ジープは、北朝鮮の建国者である金日成(キム・イルソン)氏のモニュメント付近で減速し、方向を変える。ここは、北朝鮮旅行者にとっての観光スポットだ。

 国境は近い。それを越えれば韓国だ。

 4人の北朝鮮警備兵は、武器を手に、国境沿いの青い建物の前を激走する。ここを訪れたことのある人なら誰でも知っているが、この小屋は軍事境界線上で唯一北朝鮮と韓国の兵士が至近距離で顔を突き合わせる場所だ。この日、観光客の姿はなかった。

 いよいよ国境を越えるというところで、脱北兵士のジープは溝にはまってしまった。兵士は数秒間、溝から出ようと試みたが、やがて車を捨ててとび出し、韓国に向けて駆け出した。落ち葉を蹴り上げ、木の枝をよけながら走る彼の後ろに北朝鮮の警備兵の姿が現れた。

 銃口が火を噴く。韓国側の報告によると、北朝鮮警備兵は、脱北者に向け至近距離から(一人は落ち葉の上に身を伏せながら)拳銃とAK-47自動小銃で計40発撃ち込んだ。

 突如、北朝鮮兵士のうち2人が走り去り、落ち葉の上に腹ばいになっていた兵士は飛び起きて境界線を越え、韓国領に突入した。そしてすぐにかかとを翻し、仲間の後を追って北朝鮮側へと逃げ去った。脱北者は、韓国側の小さな施設の壁付近で、落ち葉の山の中に倒れたまま動かなかった。

 ジープが最初に現れてから、壮絶な脱北劇まで、4分間の出来事だった。

 11月13日、事件はアメリカ主導の国連司令部と北朝鮮の双方が監督する共同警備区域で発生した。ここは4キロにも及ぶ広い非武装地帯内に位置し、朝鮮戦争以後、事実上韓国と北朝鮮の国境となっている。

 40分後、2人の韓国人兵士が建物の壁に身を隠しながら、四つん這いで傷ついた脱北者に近づいていく姿が、体温をキャッチして映し出す赤外線カメラにとらえられている。韓国兵は脱北兵をつかみ、安全な場所へと引きずっていった。そこからほど近い、金日成記念碑の近くでは、重装備した北朝鮮兵が集まり始めていた。

 そして、軍事境界線にしばらくの静寂が戻った。

 意外にも、映像を見る限り、北朝鮮と韓国の兵士との間に銃撃戦は起きていない。この場所で30年ほど銃撃戦は発生していない。発砲したのは北朝鮮兵士だけだ。

 脱北兵はその後韓国で手術を受け、ゆっくりと回復しており、その様子は韓国中の注目を集めている。しかし、彼の脱出を許したことは北朝鮮にとっては大きな屈辱だ。北朝鮮は「脱北者は皆、敵国である韓国に誘拐された、あるいは誘発されたものだ」と主張している。今回の脱北劇について、北朝鮮は今のところ何もコメントしていない。

 今回、北朝鮮兵が脱北する一連の流れで、北朝鮮が国境の板門店地区でとった行動は朝鮮戦争後に交わされた休戦協定に反するものだ。国連軍の広報官を務める在韓米軍のチャド・キャロル中佐は11月22日に開かれた記者会見で、北朝鮮の警備兵が脱走兵を捕獲するため、韓国領に向けて発砲し、兵士自身も国境を越えた、と語った。国連軍司令部は、北朝鮮軍に向け今回の休戦協定違反についての協議を求めていると話した。

 脱北兵は内臓などに損傷を負っており、先週2度にわたる外科手術を受けた。今は意識も戻り、自発呼吸できるまでに回復したという。担当医は11月22日、彼が「トランスフォーマー」や「CSI:科学捜査班」、「ブルース・オールマイティ」などのアメリカ映画や韓国の人気女性アイドルグループ「少女時代」の「Gee」といった韓国の流行歌を楽しんでいると話した。

 主治医であるイ・ジョングク医師は「昨日から、彼の状態は大きく改善し、テレビも見られるようになった」と語った。

 また「銃で撃たれたときはとても痛かったが、今は痛みを感じないと話している」と述べた。

 医師らの判断により、兵士は感染予防のため、少なくとも数日は集中治療室で過ごすことになるとシン・ミジョン氏は発表している。

 外科医らは治療の初期段階において、兵士の損傷した小腸から数十種類もの寄生虫を除去したという。中には推定27センチもの回虫もいたとされ、北朝鮮軍の栄養不良や健康問題がうかがえる。脱北兵の身長は1メートル70センチで、体重はわずか60キロだ。

 1950年から53年に起きた朝鮮戦争終結以来、韓国に亡命した脱北者の数は約3万人。そのほとんどは警備のゆるい中国との国境を越えたものだ。そこに、今新たな脱走劇が加わった。ある曇り空の午後、軍服に身を包んだ一人の男が、銃撃を逃れ、新たな生活に向けて世界で最も不穏な国境を越えていったのだ。

By FOSTER KLUG, Seoul
Translated by isshi via Conyac

Text by AP