ミッドウェー海戦75年 “次の太平洋戦争”見据える米専門家 中国は旧日本軍の選択を分析

Everett Historical / shutterstock.com

 今年は、太平洋戦争の趨勢を決定づけたミッドウェー海戦(1942年6月5日~)から75年目に当たる。勝者のアメリカ側では、各メディアで「ミッドウェー75周年」の関連記事が多数掲載されている。その中には、「次の太平洋戦争」を論じているものもある。いずれも今度の相手は日本ではなく、中国になるというものだ。積極的な海洋進出と海軍力の強化を進める中国だが、「世界最強」の米海軍と「アジア最強」と言われる海上自衛隊のタッグにはまだ及ばないというのが一般的な見方だ。しかし、「今度は旧日本軍相手のように簡単にはいかない」という専門家もいる。

◆米中太平洋戦争は十分に起こり得る
 中国海軍の動向を研究しているジェームズ・ホームズ米海軍大学教授は、外交誌「フォーリン・ポリシー」に、米中太平洋戦争が勃発した場合、「中国はかつての日本のように簡単に米軍に勝利を渡さない」とする分析記事を寄せている。同氏は、75年前の大勝利への祝賀ムードに沸くアメリカ世論に対し、「ミッドウェーは派手に祝うべき出来事であると同時に、現代の我々への警告でもある」と書く。

 ホームズ氏は、「あのような戦争が、再び起きる可能性がある。中国は今、1945年に大日本帝国が滅亡した後の米国主導の国際秩序に挑戦している」と警鐘を慣らす。中国が南シナ海や尖閣諸島で見せる拡張主義は、かつて日本が天然資源獲得を狙って太平洋に進出した状況と同様だと指摘する。「端的に言って、中国は国際秩序をひっくり返すことに大きな野心を抱いており、アメリカはそれを守ることに必死だ。それはおそらくは、武力によって解決される」という。

 とはいえ、ホームズ氏は、直近に米中衝突が起きる可能性は低いと見ているようだ。「中国は軍事的・経済的に急成長を遂げる中で、抑制することを学んだ。今のところは海軍力の大半を南・東シナ海に留めており、強力な日米同盟に直接挑戦することは避けている」と書く。そのうえで、いずれは抑えがきかなくなり、将来的には軍事衝突が十分に起こり得るという見解だ。同じ米海軍大学の中国専門家、ライル・ゴールドシュタイン准教授も、中国が先日2隻目の空母を就役させ、3隻目も建造中であることなどに触れ、中国側も将来を見据えた戦争準備に余念がない状況を外交誌「ナショナル・インタレスト」で指摘している。

◆戦いの趨勢を握る中国側の選択と米議会の決断
 もし、米中太平洋戦争が勃発した場合、その展開の鍵となるのは、中国が海軍力を分散させるか一点に集中させるかだとホームズ氏は見る。「もし、人民解放軍の指導部が後者を選べば、打ち破るのは難しいだろう」という。逆に太平洋上の全ての権益を同時に得ようと戦力を広範囲に散らせば、かつての日本と同じように一挙に打撃を与えることができるという見解だ。

「中国が海軍力を分散させる愚を犯す可能性は確かにある。中国海軍は、平時の今はまさに、東アジアの沿岸全体に散らばる形で3つに分けられている」と同氏は指摘。一応は空母を保有しているとはいえ、実戦で効果的に運用できる段階ではない今は、洋上の艦隊を沿岸地域の航空機部隊とミサイルでバックアップする展開となっている。これについて、ホームズ氏は、空母を失ったミッドウェー海戦後の旧日本海軍と同様に、「何千マイルも離れた太平洋の真ん中」での作戦には不向きだと指摘している。しかし、ホームズ氏は「相手が賢く戦うことを想定しなければいけない」とし、一点集中で一つずつ目標をクリアしていく戦い方をされれば、中国は難敵になると見る。

 ホームズ氏は、ミッドウェーの勝利の鍵となったのは、当時、アメリカが太平洋と大西洋に全軍規模の艦隊をそれぞれ持っていたことだと指摘。ほぼ無傷の大西洋艦隊が予備戦力として太平洋に向かっていることを知っていたからこそ、当時の指揮官たちは大胆な作戦を実行できたのだと書く。その背景には、現用の空母の名前にもなっているカール・ビンソン下院議員らの尽力で、太平洋戦争開戦前に「両洋艦隊法」が成立し、大西洋と太平洋の両方にドイツと日本を圧倒する戦力を置くことができたことがあると指摘。だから、現代においても「議会の決断」が重要だと同氏は主張する。

◆ミッドウェー海戦の分析を進める中国
 その75年前と比べて、今の米海軍は相対的に弱体化しているとホームズ氏は見ている。現在の保有艦艇数は275隻だが、これは「世界を覆うには余力が足りない」という。海軍は必要艦艇数を355隻、トランプ政権は350隻、一部の米シンクタンクは414隻という数字を挙げている。米議会は「355」が実現するのは早くて2035年としているが、ホームズ氏は「今年の軍事予算も横ばいで、造船の現場ではほとんど何も起きていない」と懸念する。

 そうした米側の状況を横目に、中国側は今、ミッドウェー海戦の研究に余念がないようだ。ゴールドシュタイン氏は、特に中国の海洋誌に掲載された『ミッドウェー島への道』という中国のアナリストによる研究論文に注目する。同氏によれば、それは「戦術やテクノロジー、あるいはヒロイズムといったものではなく、1942年春に日本の指導部が取った選択を冷静に詳細に分析している」という。その論文の中で最も興味深いのは、「いったん始めた戦争を終わらせるのは非常に難しい」という見解が示されていることだ。ミッドウェー海戦前夜に日本が目指していた最終的なゴールは、「勝利」ではなく、いかにアメリカを停戦交渉のテーブルにつかせるかという「戦争を終わらせること」だったと、『ミッドウェー島への道』は分析しているという。

 ゴールドシュタイン氏は「さらに一歩踏み込めば、アメリカ人は一度怒ったり、恐怖に陥ったりすれば、勝利するまで犠牲と責任を負うことを厭わないということだ。中国の戦略家たちが、それに気づくことに期待したい」と書く。また、ミッドウェー研究から、中国側は「日本は緒戦で得たハワイでの成果の拡大と利益の構築に集中すべきだった」という結論に至るのではないかと同氏は指摘。そして、もし核の時代の今、“第2の真珠湾攻撃”が起きれば、世界は「急速に終末に導かれる」と警告している。

Text by 内村 浩介