米中関係に翻弄されるアジア、2つのシナリオ 日本が先導して団結する選択肢も

 1月20日、ドナルド・トランプ氏が、第45代アメリカ大統領に就任した。アメリカがリードする世界秩序のもとに繁栄を築いてきたアジアの国々は、グローバル化を否定する大統領の誕生に危機感を抱いている。トランプ時代をどう乗り切るべきか。

◆保護主義、孤立主義でアジアは捨てられる?
 就任演説でトランプ大統領は、これまでアメリカは「自国の産業を犠牲にし、外国の産業を豊かにしてきた」とし、今後は「アメリカ製品を買い、アメリカ人を雇用する」と述べた。23日には、就任前から表明していたTPP(環太平洋連携協定)からの離脱に関する大統領令にも署名しており、アメリカの繁栄を取り戻すため、孤立主義、保護主義に舵を切る姿勢がさっそく打ち出されたことになる。

 シンガポールのToday紙に寄稿したシンガポール東南アジア研究所の研究員、ジェイソン・サリム氏は、世界秩序におけるアメリカの役割と立ち位置を意味するトランプ大統領の「アメリカ第一主義」に、世界が寒気を感じ始めたと述べる。そしてこれまで経済的、政治的にアメリカの影響を大きく受けてきた東南アジアは今後、トランプ氏の無関心への対応に苦労するだろうと指摘。TPP離脱のニュースも、不振のアジア太平洋地域の経済がTPPによって息を吹き返すと期待していた東南アジア諸国にとって打撃となった、と述べている。

 シンガポールのストレート・タイムズ紙は、南洋工科大学のリー・ミンジアン准教授の「今のアメリカは以前のように頼れる存在ではないという印象を東アジアのエリートたちに与える」という言葉を紹介している。

◆米中対立で板挟み。考えられる2つのシナリオ
 トランプ政権下でアジア諸国が最も心配するのが、米中関係だ。これまでのトランプ大統領の発言から、アメリカは対中強硬路線を取ると見られている。大統領は「中国製品に高関税をかける」、「中国を為替操作国に認定する」と述べ、「一つの中国」政策の見直しまで示唆している。

 ブルームバーグ・ビューのコラムニスト、ミハイル・シャルマ氏は、トランプ大統領は「ディールメーカー(Dealmaker、交渉人)」としての手腕を見せようとしており、強硬な発言は、すべて交渉上の切り札だと述べる。しかし、中国とのディールメイキングがうまく行かなかった場合、米中関係は経済的、政治的に悪化すると予測。これはアジアにおけるアメリカのプレゼンスが再度高まること、よりアクティブな中国封じ込めを意味し、多くのアジア諸国が密かに望んでいることだと指摘している。

 その一方で、トランプ氏がアジアの警察であることは国益にならないと判断した場合、もしくは安全保障で中国に対し一線を越えることは価値がないと判断した場合、多くの国々が中国になびくことが予想されるという。

 ストレート・タイムズ紙は、アメリカがTPPから離脱し、今後中国や地域の他の国々と貿易問題で対立することになれば、その影響力は低下し、結果的に地域の経済的統合を形作る役目は中国が担うことになると見ている。リー・ミンジアン准教授は、今日のアジアでは経済と安全保障は切り離すことはできないと指摘。アジア諸国の経済の未来が中国頼みになることは、中国の戦略的な影響力が増すことにつながると説明している。

◆アジアの運命はアジアが決める。日本も責任ある貢献を
 一方でシャルマ氏は、ドイツのメルケル首相が「我々欧州人の運命は自らの手の中にある」と述べたことに言及し、「米中どちらかにつく」だけが選択肢ではないと述べる。そしてそろそろアジア諸国も超大国に翻弄されるのではなく、協力してより大きな責任を担うべきだと述べ、日本の奮起に期待している。

 同氏は、日本の海外でのインフラ投資は中国と張り合っているものの、事業内容は地味で、国をまたいでのつながりも不完全だと指摘する。そこを改め内気さを捨て、インフラネットワークの資金提供者として堂々と中国と競うことを宣言しなければならないだろう、と見る。またTPPについても、中国が新しい交易条件を設定しないのであれば、日本がアメリカ抜きでの実施をリードしなければならないと述べる。

 ストレート・タイムズ紙は、神戸大学大学院の蓑原俊洋教授の、より不安定、不確実になる東アジアに備えよ、という意見を紹介している。同教授は、中国の高まる影響に対抗するため、日本、インド、ベトナム、シンガポール、オーストラリアなどが安全保障面でも協力すべきだとし、もしアメリカがアジア太平洋地域から撤退するようなことがあれば、中国の勢力圏とならないよう、日本がより大きな指導力を発揮しなければならないと述べる。また、TPPの存続を支持し、アメリカ抜きでインドを含めた「TPP2.0」の交渉に、日本が力を入れるべきだとしている。

「アメリカ・ファースト」が、「それ以外は皆ラスト」にならないことを願うとサリム氏は述べているが、まさに日本を含めアジアの国々は生き残りをかけて行動する時期に来たようだ。米新政権の出方も含め、今後の動きに注目したい。

Text by 山川 真智子