トランプ現象はイタリアのいつか来た道? アメリカが知るべきベルルスコーニ元首相の爪あと

 米大統領選挙における「トランプ現象」は、いわゆる「ポスト事実の政治」(post-truth politics」あるいは「事実に基づかない主張がまかり通る政治」(post-fact politics)の誕生を象徴しているとしばしば指摘されてきた。とはいえ、このような現象は20年前に始まったという声もある。つまり、イタリア元首相のシルヴィオ・ベルルスコーニの政界デビューがその出発点であるというのだ。アメリカとイタリアは歴史、文化、経済など多くの面で相違点があるが、ベルルスコーニ氏の足跡をたどることで、もしかしたら何かしらの教訓を得ることができるかもしれない。

◆富豪実業家「自力で出世した男」:二人の共通点
 トランプ氏と同様、ベルルスコーニ氏も政界に進出するまでは実業家であり、有名な富豪であった。1994年にベルルスコーニ氏はフォルツァ・イタリア党を結成し次期総選挙への出馬を表明した際、他の政治家は彼の政治活動を真剣にとらえなかった。しかし予想に反して右派連合のリーダーとして勝利し、首相に就任。在職期間が短かったもののフォルツァ・イタリア党はイタリア最大の政党となり、2001年と2008年の総選挙では改めて勝利したのである。

 英紙「エコノミスト」で指摘されているように、ベルルスコーニ氏もトランプ氏も、伝統的な政治理念に反する立場に立ち、政策課題よりも「自力で出世した男」という自身のイメージで大いに注目を浴びた。また、選挙活動の際に「事実」を伝えることを避け、粗野な言葉遣いでもって国民の感情を動かしたことも二人の共通点として挙げられる。

 さらに、セックススキャンダルや脱税疑惑(ベルルスコーニ氏は2013年に脱税の罪で禁錮4年の判決を最高裁から受け、上院議員の職を失った)などの共通点もある。しかも、不正疑惑や女性蔑視発言が二人の支持率に悪影響を与えたどころか、彼らの「出世した男」のイメージへの憧憬をよりいっそうかき立てたように思われる。つまり、ベルルスコーニ氏と同様にトランプ氏の支持者も彼の実業家としての成功を認め、その経験を政界でいかすことによって国の経済を救ってくれると信じているのである。

◆実業家が国の経済を救えるのか?
 2001年の総選挙の際、ベルルスコーニ氏は自身の出世や実業家としての成功を強調しながら、新たな「経済の奇跡」を起こしてイタリアの長い不景気を改善すると約束した。しかし、国の経済は成長どころが、逆に徐々に悪化したのである。なぜなら、トランプ氏と同じように、ベルルスコーニ氏も極右政党から支持を得ており、ネオ・ファシズムの政党や外国人嫌悪をモットーとする北部同盟の影響で、ベルルスコーニ内閣では移民問題や失業問題に対して極めて保守的な政策だけが実行され、経済成長を支えるための政策がほとんど行われなかったからである。その結果、首相に返り咲いた2001年よりも2011年のほうが国民の生活はより苦しいものになっていたのである。

 また、ベルルスコーニ氏は在任中、自身の企業の利益を守り、また汚職疑惑を回避するために、30以上のいわゆる「特定個人向け法律」(lex ad personam)を成立させ、首相の起訴免除にまつわる法律まで作ろうとしたのである。アメリアでは行政権と立法権の徹底した分立制が採用されているため同じことはできないだろうが、税金逃れ疑惑や極右運動との関係をいまだ否定していないトランプ氏がアメリカ民主主義に影を落とすだろうことは想像に難くない。

◆アメリカはイタリアの過去から学べるか?
 イタリアとアメリカは歴史、経済、国際的な影響力など、あらゆる点で異なっている。その一方で、不景気や政治に対する不満という共通点も存在する。その不満こそがベルルスコーニ氏を勝利に導いたように、今度はアメリカ大統領選で大きな影響を及ぼしたのである。

 このように考えると、アメリカはイタリアの過去から学べると言っても過言ではないだろう。とりわけトランプ政権を軽く見すぎないように、ベルルスコーニ氏がイタリア政治に与えた影響を振り返るべきではないだろうか? 英紙ガーディアンのジョン・フーツ記者の言葉を借りるなら、ベルルスコーニ氏は道化師扱いされていたが、最後は誰も笑っていなかった。ベルルスコーニ氏はイタリア政界の中心にいた20年の間、国の民主主義に深刻なインパクトを与え、その影響は今の政府まで及んでいる。アメリカ人はトランプ氏が民主主義に取り返しのつかない深刻な影響を与えないように注意するべきだろう。

Text by グアリーニ・レティツィア