ダライ・ラマ80歳 中国共産党に後継者選ばせない、輪廻転生廃止の意向 90歳で結論

 チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が6日、80歳の誕生日を迎えた。3日連続の公式祝賀式典が、本人臨席のもとアメリカ西海岸のアナハイムで開かれているほか、世界中で祝賀行事が行われている。また、80歳の節目の誕生日とあって、多くの海外メディアがチベット情勢やダライ・ラマ本人に関する記事を硬軟両面に渡って掲載している。

◆当初の提案は「抹茶のバースデー・ケーキ」
 アナハイムの祝賀式典は、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)のアナハイム・ダックスの本拠地、『ホンダ・センター』で5日に開幕した。初日はダライ・ラマの講演のほか、子どもたちによるパフォーマンスが行われた(AFP)。現地報道によれば、亡命チベット人だけでなく、世界中から約18,000人が駆けつけたという。

 「物質主義とは距離を置くチベット僧」であるダライ・ラマは、どんなバースデー・ケーキを好み、どんなプレゼントを喜ぶのか?ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)が、このイベントの準備に携わった人たちの“苦悩”を報じている。ケーキ作りを依頼されたのは日本在住経験のあるパティシエ、コリーン・ジョンソンさん。「気取らない人はどのような誕生ケーキが好きなのだろう」と考えた末、抹茶のスポンジケーキを提案したが、最終的には主催者の要望で発泡スチロールを芯にした高さ1.5mのデコレーションケーキになったという。

 プレゼントについては、ダライ・ラマに近い人物によると「何も欲しがっていない」というが、愛情の表現として感謝するというスタンスのようだ。アナハイムのトム・テイト市長は今年4月にインドでダライ・ラマと会談した際、祝賀式典の会場にちなんでアイスホッケーの事を説明したが、「うまく伝わらなかったようだ」と語っている。しかし、「Anaheim. City of Kindness(アナハイム・親切の都市)」と刻まれた小さなプラスチック製コインを贈ると非常に喜んでくれたという。

◆「ダライ・ラマのロレックス」の行方は?
 80歳の祝賀行事は、既に世界中で行われている。チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラでは、先月21日に祝賀式典が行われ、約8000人の信者が集まった。同28日には、英国南部で開かれたグラストンベリー音楽祭に臨席し、米歌手のパティ・スミスと数千人の観客が「ハッピー・バースデー」を合唱した(WSJ)。

 チベット系ニュースサイト『Phayul.com』によると、約2万人のチベット人が暮らす隣国のネパールでも6日、首都カトマンズでチベット人と現地の仏教徒による大規模な祝賀集会が開かれたようだ。ネパール政府がチベット人の集会を許可するのは極めて異例だといい、昨年のダライ・ラマの誕生日祝賀イベントも禁じられた。同サイトは、今年の大地震後の経済支援などで中国が影響力を強めているなかでの今回のネパール当局の対応は、「集会の自由を弾圧されてきたネパールのチベット人を驚かせた」と記している。

 ダライ・ラマ本人は、先月のネパール訪問時に、最良の誕生日プレゼントは「皆がより良い人間になると誓うことだ」と語ったという(『Phayul.com』)。アナハイムの式典のウエブサイトにも「慈悲の心が最高の誕生日プレゼントです」と書かれている。その中で、米ニュースサイト『2paragraphs』は、ダライ・ラマの数少ない現世的な趣味に「最低15個のロレックスの腕時計コレクション」を挙げる。ダライ・ラマは、1942年、7歳の時に当時のフランクリン・ルーズベルト米大統領からロレックスを贈られており、それ以来のファンだということのようだ。同サイトは、先日、“ギターの神様”、エリック・クラプトンのロレックスがオークションにて140万ドルで売れたことを引き合いに出し、ダライ・ラマのロレックスならばその倍以上(15個で3000万ドル以上)の価値があると見積もる。そして、「ダライ・ラマは最終的にロレックスコレクションを売るだろうか?」と記事を結んでいる。

◆ダライ・ラマ、輪廻転生拒否で中国傀儡化阻止か
 世界が祝賀ムードに包まれる中、「全米民主主義基金」のカール・ジャーシュマン代表は、今後のチベット情勢はより厳しいものになるというオピニオンをワシントン・ポスト紙に寄せている。全米民主主義基金は、他国の民主化を支援するという名目でレーガン政権時代の1983年に設立された民間非営利基金。事実上の出資者は米議会だとされている。

 ジャーシュマン氏は、ダライ・ラマの指導者としての能力と業績を高く評価する。一方で、中国の弾圧を次のように強く非難する。「チベットは漢民族の移民であふれた。寺院は政府の直接支配に置かれ、記者は逮捕・拷問された。200万人以上の遊牧民が強制的に都市部に移住させられた。彼らの伝統的な生き方は破壊され、チベット高原のエコシステムは崩壊した」。中国はまた、1995年にチベット仏教で2番目の権威を持つ「パンチェン・ラマ」の化身とされる当時6歳の男の子を拉致。別の少年に置き換えた。さらに、次代の「ダライ・ラマ」は中国共産党が選ぶとするガイドラインを示している。

 チベット仏教では、「ダライ・ラマ」は輪廻転生し、「ダライ・ラマ」本人だけに「次に誰を通じて生まれ変わる」、あるいは「生まれ変わらない」を選ぶ権限がある。ダライ・ラマ14世は、中国共産党政府傀儡(かいらい)の「ダライ・ラマ」の誕生を阻止するため、輪廻転生しない=後継者を作らない考えを西側のインタビューなどで表明している。これについて、中国政府は「裏切り」「自身の継承に対する軽薄な態度」などと非難しているが、ジャーシュマン氏は、この中国の態度こそ「無神論の党による恥知らずな厚かましさ」だと強く非難している。ダライ・ラマ本人は、側近や大衆、他国の支持者の意見を聞いたうえで、90歳になる頃に結論を出すとしている。

Text by 内村 浩介