慰安婦問題、“軍関与、強制性は本質的議論ではない” 米歴史家ら187人、首相に書簡

安倍首相

 主にアメリカの日本研究者、歴史学者187人のグループが、5日、「日本の歴史家を支持する声明」を公表した。安倍首相に送った書状を公開したものだ。声明は、慰安婦問題を人権問題として捉え、女性が実際に被害をこうむったことに目を向けることを重視している。安倍首相に対して、戦後70年談話で、日本の責任を率直に認めることをアドバイスしている。

◆日本研究の大物が名を連ねる。日本への親身なアドバイス、というムードを強調
 声明の署名者には、『敗北を抱きしめて』の著者、マサチューセッツ工科大学のジョン・ダワー名誉教授や、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者、ハーバード大学のエズラ・ボーゲル名誉教授など、日本研究の大家が名を連ねている。声明の中で「私たちの多くにとって、日本は研究の対象であるのみならず、第二の故郷でもあります」と語っている。(なお声明は、英語版と日本語版が同時に発表された。東洋経済オンラインによると、どちらも正文であるとのことだ。引用は日本語版による)

 今年2月には、コネティカット大学のアレクシス・ダデン教授を中心とする、アメリカの歴史学者19人が、「日本の歴史家を支持して」という声明を発表している。こちらは、米教育出版社「マグロウヒル・エデュケーション」が発行する歴史教科書の慰安婦に関する記述などをめぐり、日本の外務省が修正を要請したことを、学問の自由に反するとして非難したものだ。ダデン教授は、今回の声明にも署名者として加わっている。

◆説得力を重視した慎重な記述
 今回の声明は、日本政府や安倍首相に対する批判の調子は抑えられているのが特徴だ。公正な歴史研究のあり方についての論議をベースに、あくまで勧告という体裁を保っている。日本人にとって受け入れやすくするために、記述には細心の注意が払われているようだ。例えば、日本だけでなく、韓国、中国の一部の振る舞いも、問題を難しくしていると名指しで言及している。

「この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにゆがめられてきました。そのために、政治家やジャーナリストのみならず、多くの研究者もまた、歴史学的な考察の究極の目的であるべき、人間と社会を支える基本的な条件を理解し、その向上にたえず努めるということを見失ってしまっているかのようです」

「元『慰安婦』の被害者としての苦しみがその国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、それは問題の国際的解決をより難しくするのみならず、被害者自身の尊厳をさらに侮辱することにもなります。しかし、同時に、彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません」

◆反論しにくい「人権問題」という論の進め方で安倍首相にチェックをかける
 また声明は、「『慰安婦』問題の中核には女性の権利と尊厳がある」として、女性の人権蹂躙(じゅうりん)、搾取という見方に重きを置いていることも特徴的だ。このことが、日本政府の反論を難しくするように思われる。

「今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めています。今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、第2次世界大戦中の『慰安所』のように、制度として女性を搾取するようなことは、許容されるはずがないでしょう」

「今年は、日本政府が言葉と行動において、過去の植民地支配と戦時における侵略の問題に立ち向かい、その指導力を見せる絶好の機会です。四月のアメリカ議会演説において、安倍首相は、人権という普遍的価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちはこうした気持ちを賞賛(しょうさん)し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません」

 これらの記述と、前述の「歴史学的な考察の究極の目的」を併せ考えると、歴史研究もまた、「人権という普遍的価値」の向上に資するものであるべきだ、というメッセージが蔵されていると考えることができる。

「強制性」をめぐる議論や、軍の直接的な関与の度合いをめぐる議論、また慰安婦の推定数に関する議論も、実際に多くの女性が被害に遭ったという「事実」の前に、議論としての重要性を失うという旨が述べられている。

「特定の用語に焦点をあてて狭い法律的議論を重ねることや、被害者の証言に反論するためにきわめて限定された資料にこだわることは、被害者が被った残忍な行為から目を背け、彼女たちを搾取した非人道的制度を取り巻く、より広い文脈を無視することにほかなりません」

 その一方で、「20世紀に繰り広げられた数々の戦時における性的暴力と軍隊にまつわる売春のなかでも、『慰安婦』制度はその規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点において、そして日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきものであります」と、まさにその点が問題視されていることは、大きな矛盾と言えよう。

◆海外メディアはどう報じたか
 この声明が出された背景として、多くの海外メディアは、先月29日に安倍首相が米議会で行った演説で、元慰安婦に対する謝罪がなかったことと、今後、戦後70年談話の発表が控えており、韓国、中国からは、その内容への懸念があることを伝えている。

 ブルームバーグはさらに、安倍首相が先月出演したテレビ番組で、談話の中で過去の謝罪の文言は繰り返さないつもりだと、これまで以上に強く意思表示した、と背景を伝えた。

 ブルームバーグは、学者グループが安倍首相を説得している、と捉えたが、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙は、学者グループが安倍首相を非難している、と捉えた。

 世界の学者が、日本の歴史論争の傾向について心配していることを声明は示している、とFT紙は語る。日本では歴史修正主義者がますます主張を強めている、と同紙は語る。

 この声明は安倍首相にとって、アメリカ外遊の明白な成功にもかかわらず、首相の歴史認識の履歴について、西欧から批判される危険はまだある、ということを思いださせるものだという。先述のダデン教授は、FT紙に、「首相が日本に戻るまで、私たちは声明の発表をあえて控えました」と語っている。首相が(議会演説で)「語る必要があることを語る」かどうかを確認するために待った、というのだ。

 韓国の朝鮮日報、中央日報は、声明を安倍首相への批判と捉えて、米議会演説で元慰安婦への謝罪がなかったことを改めて取り上げている。朝鮮日報は、首相が「侵略の定義は歴史学者たちの研究に任せるべきだ」という発言を行っていたことを伝え、中央日報は、首相が「軍の慰安婦動員の強制性の可否は歴史学界にゆだねるべきだ」という立場だと伝える。しかし、歴史家から実際にこのような声明が出されて、どうするつもりかと問いかけている。

Text by NewSphere 編集部