飛行機に乗ると放射線を浴びる その健康リスクはどれくらい?

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著:Timothy J. Jorgensenジョージタウン大学 Director of the Health Physics and Radiation Protection Graduate Program and Associate Professor of Radiation Medicine)

 今年4月、出張で飛行機を多く利用するというトム・スタカー氏が、ユナイテッド航空で過去14年間における総飛行距離18,000,000マイルを達成し、世界で最も頻繁に飛行機を利用した人となった。

 これだけのマイル数となれば、スタカー氏が機内で過ごした時間は相当だ。ビジネス目的で飛行機を利用する人の平均的な行動を、スタカー氏もとっていたとすると、スタカー氏はこれまでに飛行機の中で機内食6,500食とアルコール飲料5,250杯を摂り、映画を数千本観賞し、機内トイレを約10,000回利用したことになる。

 スタカー氏はまた積算して胸部X線検査約1,000回分に相当する放射線量を浴びている。しかしこの量の放射線が、実際にはどのような健康リスクをもたらすのだろう。

◆宇宙線の照射
 頻繁に飛行機を利用するとそれだけ放射線を浴びることになるが、それは空港の保安検査場で使用するボディスキャナーや、手荷物検査用のX線検査装置が発する放射線のことと考えている人もいるだろう。しかしそうではない。搭乗客が保安検査で浴びる放射線量は微々たるものだ。

 飛行機を利用すると放射線にさらされる。その主な原因は、フライトそのものにある。というのは高度が高いところほど空気が薄いためである。地表から離れれば離れるほど、大気中のガス分子の密度が少なくなる。つまり空気が薄いということは、宇宙線という大気圏外からやって来る放射線を逸らしてくれる分子が少ないことを意味する。大気中の遮蔽物となる分子が少ないほど、多量の放射線量を浴びることになるのだ。

 最も極端な例は、宇宙飛行士がおかれている状況である。宇宙飛行士は地球の大気が全くない大気圏外にいるため、放射線から守ってくれる遮蔽物が何もない。その結果、宇宙飛行士は多量の放射線を浴びている。実際に、有人宇宙飛行の最長時間を決める制限要因となるのが積算放射量である。宇宙飛行士が限度を超えて長時間宇宙に滞在すると、帰還後に白内障、がん、潜在的な心疾患を発症するリスクがある

 イーロン・マスク氏が掲げる火星移住計画においていちばんの障害となっているのが、まさに放射線量の問題である。火星の空気が極端に薄いため、滞在時間を延ばすと多量の放射線を浴びることで死を招く。映画『オデッセイ』ではマット・デイモン氏が見事に火星を開拓したが、そう上手くはいかない。

◆飛行機の利用頻度が極端に多い場合、放射線がもたらすリスクとは
 スタカー氏が浴びた積算放射線量はどの程度で、どのような健康リスクをもたらすのだろう。

 スタカー氏が機内で過ごした合計時間さえ分かれば、計算が可能だ。飛行機の想定平均速度 (550mph) をもとに、スタカー氏が記録した18,000,000マイルのフライトにかかる時間を計算すると、32,727時間 (3.7年) となる。また一般的な旅客機の飛行高度 (35,000フィート) における空間放射線量率は、1時間あたり約0.003ミリシーベルトである。 (著者が自身の本『Strange Glow: The Story of Radiation (訳:奇妙な輝きー放射線の物語)』でも解説しているが、ミリシーベルトまたはmSvは放射線の量を表す単位で、放射線によるがんリスクの計算に使用できる。) そしてフライト時間に空間放射線量率を掛けると、スタカー氏がこれまでに100mSv の放射線を浴びたことがわかる。18,000,000マイルのフライトで得たものは多くの無料航空券だけではなかったようだ。しかしこれがスタカー氏の健康状態にどのような影響を与えるのだろうか。

 100mSv の放射線量からまず考えられる健康被害としては、晩年にある種のがんのリスクが増加する。過去に原子爆弾の被ばく者や、原子力発電所職員、放射線治療を受ける患者を研究してきた成果として、放射線量を特定すれば、科学者がそれによるがんリスクを推定できるように計算方法が確立されている。

 放射線量以外の条件が同じである場合、リスクの大きさが放射線量に比例すると仮定すると、がん全体の発生率は放射線量1mSvにつき0.005% 増加すると考えるのが妥当とされており、一般的な計算方法となっている。するとスタカー氏の場合は、放射線量が100mSvなので、一生のうち致死性のがんにかかるリスクは約0.5% 増加する。

◆リスクの大きさは?
 この程度のリスクは、大きなリスクと言えるのだろうか。リスクの大きさというのは、各人が自身のがんリスクをどう捉えるかにより異なるため、感覚的には個人差があるだろう。

 大半の人は、自身ががんで死亡するリスクを軽く見ている。しかし正確な数値を出すには議論が必要となるものの、男性の約25% が致死性のがんにかかると言っていいだろう。これを基準のリスクとすると、ここにスタカー氏は放射線によるがんリスクの0.5% を上乗せしなければならないので、リスクは25% から25.5% に増加する。しかしがんリスクにおいてこの程度の増加は非常に小さいもので、科学的手法により実際に測定することはできない。そのため理論上リスクが増加するという範囲にとどまる。

 がんリスクが0.5% 増加する。これは1/200 の確率でがんになることと同義である。さらに言い換えれば、スタカー氏のように18,000,000マイルを飛行機で移動した男性が200人いるとすると、そのうち1人だけがそのフライト時間が原因でがんになるということだ。残りの199人に健康被害はない。つまりスタカー氏がこの不運な1,800万マイル利用客になる可能性は極めて低い。

 スタカー氏が1年間に機内で過ごした時間 (2,000時間以上) というのは、パイロットが一般的に機内で過ごす時間 (1,000時間未満) を超えている。放射線によるリスクはフライト時間に比例するので、つまり飛行機で働く人々のリスクはスタカー氏のそれよりも小さい。では自分の場合は、と気になる人もいるだろう。

 飛行機の利用によるがんリスクが、自分にはどの程度あるのか知りたい場合は、過去に飛行機で移動した総マイル数がわかれば計算できる。先にスタカー氏のリスクを計算した時に使用した飛行速度、放射線量、リスク量といったパラメーターをそのままの値で使用できるとすると、総マイル数を3,700,000,000で割れば、マイル数に相当する時間だけ飛行機を利用したことによりがんになるおおよその確率を求めることができる。

 例として、計算しやすいように総マイル数を370,000マイルとする。すると370,000マイルを3,700,000,000で割り、がんになる確率は1/ 10,000となる (またはリスクが0.01% 増加する) ことがわかる。一生のうちに370,000マイル (ロサンゼルス、ニューヨーク間を150回分) も飛行機に乗る人はそういない。そのため平均的な利用頻度であれば、飛行機によるリスクの増加分は0.01% よりずっと小さい。

 どの程度のリスクがあるかわかったところで最後に、これまでに (ビジネス、休暇中の旅行、帰省などで) 飛行機を利用して良かったと思う点をリストアップしてみてほしい。その上で再度、がんリスクがどの程度増加したのか見直してほしい。発がんリスクが増加している割に、飛行機の利点がほとんどないと思うのであれば、この機会に飛行機の利用を考え直した方がいいかもしれない。しかし現代人の多くにとって飛行機は生活に欠かせないものとなっており、がんリスクが多少増加したとしてもまだ十分に利用価値がある。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by t.sato via Conyac

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Text by THE CONVERSATION