「建築は紛争をもたらす」シリア人建築家アルサブーニの描く“優しい都市”とは

マルワ・アルサブーニ(2017年5月)|World Economic Forum / flickr

◆アルサブーニの提案
 大量生産・大量消費に対する批判は新しいものではない。実際、企業も政府も皆がサステナビリティを叫んでいる。しかし、そうした動きやメッセージに対して、アルサブーニは懐疑的だ。たとえば、現状のエシカル(フェア)・トレードは、結局は一部の人のみが利益を享受する工場症候群的な(資本主義的)システムにおけるものであって、本質的なものではないと彼女は論じる。本質的なエシカル・トレードは、ボトムアップであり、中小企業や工芸が存続するようなやり方でなければならない。それは、市場を取り合う競争ではなく、共存に重きをおいたものでなくてはならない。

 また、建築環境や都市計画において彼女が提案するのは、ギブアンドテイクを体現化した寛大・寛容な都市(generous city)だ。そこで生活する人にとって、より優しい環境と言い換えることもできるかもしれない。たとえば、イスラム社会のしくみでワクフ(waqf)というものがある。ワクフは、公共施設の建設・維持・運営のための、イスラム法に基づいた財産寄付のしくみだ。ワクフによって、学校、病院などが政府の介入なく建設・運営され、これらの公共財は誰にも開かれている存在だ。ところで、筆者はオランダのアムステルダムで、アルサブーニと直接話す機会があったのだが、彼女は欧州における有料トイレは、不寛容の一例であると語っていた。

 アルサブーニが提案する優しい都市・街は、物々交換や地産地消といった、日本社会においても馴染み深いコンセプトにも通じるものがあるように感じる。パンデミックで都市生活のあり方が見直され、地方・田舎の暮らしの価値が改めて評価されつつある。一方で、24時間営業のコンビニエンスストアに象徴されるような、日本の消費社会が大きく変わる兆しは見えない。アルサブーニの警鐘を受け、まずは「便利さ」という価値を見直す必要があるのかもしれない。

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Text by MAKI NAKATA