「建築は紛争をもたらす」シリア人建築家アルサブーニの描く“優しい都市”とは

マルワ・アルサブーニ(2017年5月)|World Economic Forum / flickr

 シリア人建築家のマルワ・アルサブーニ(Marwa Al-Sabouni)は、戦争や紛争勃発に影響する建築的要素について研究・執筆を行う活動家でもある。シリアのホムスを拠点にしつつ、世界各地で講演活動を行う彼女が訴える普遍的課題とは。

◆シリア紛争と建築の視点
 2011年に勃発したシリアの内戦。2010年初頭よりアラブ世界の各国では反政府・民主化運動「アラブの春」が展開するなか、シリアでは2011年3月に民主化を訴えるデモが行われた。それに対し、シリア・アサド政権は治安部隊によって武力で弾圧したため、反政府勢力はさらに反発を強め、政府との武力対立が激化した。その後も武力衝突は収束せず、内戦へと発展。国際社会の介入、テロ組織の勢力拡大で紛争は長期化した。正確な犠牲者数は把握されていないが、国連は2011年3月からの10年間の間に少なくとも35万人の市民が犠牲になったとしている。一方、英国の人権団体は2021年の6月時点で49万4438人の犠牲者を記録している。さらに、戦前の人口2200万人の半数以上が避難を余儀なくされた。国連によると2022年2月時点でシリア国内の1460万人の人々が人道的支援を必要としている。政府は主要都市の支配を取り戻したものの、国内では現在でも不安定な状況が続いている。

 アルサブーニは1981年、アレッポ、ダマスカスに次ぐシリア第3の都市で、西部のレバノン国境近くに位置するホムス(Homs)で生まれた。現在もホムスで暮らすアルサブーニは、戦禍でも故郷を離れることなく、家族とともに2年間自宅にこもった。当時、彼女はホムスのアルバース大学(Al-Baath University)で建築学の博士課程に在籍し、イスラム建築に関する研究を進めていた。2016年に出版された彼女の著書『故郷を守る戦い:シリアの若き建築家が見たもの(The Battle for Home: The Vision of a Young Architect in Syria、日本語版なし)』は、建築的視点からみたシリア紛争、彼女の個人的な経験と学術的調査に基づいた考察が綴られている。

 同書において、アルサブーニはシリアを故郷とする建築家としての視点から、建築環境が紛争の勃発や激化に少なからず影響したと論じる。建築環境の背景には、都市計画のありかた、政府の汚職、経済システム・産業化の流れ、植民地主義の歴史といったいくつかの要素が存在する。建築環境とその背景にある要素は、人々とコミュニティの倫理観・価値観、アイデンティティの形成と住まい(home)を決定づけるものである。本の中では、内戦という表面化した戦い(battle)に至るまでに存在していたさまざまな戦いが説明されている。「戦い」とは建築環境に関係するところの、既得権益や利益至上主義的な考え、旧市街と新市街、伝統的価値と近代化、古参と新参、再建と新設、ルーツやアイデンティティなどの受け継がれる(もしくは失われる)価値をめぐる一連の摩擦だ。

 アルサブーニの議論において重要な点は、シリア内戦の本質は、必ずしもイスラム教やその宗派をめぐるものではないということだ。たとえばホムスの住人は、かつては多様性を尊重しながら共存してきたという。しかし、時の権力者たちの汚職、植民地主義、近代化・産業化と、これらの結果として生まれたコンクリート・ブロックの建築が、市民たちを無視し、彼らがアイデンティティを共有したり、場所に愛着を抱いたりする機会を奪った。モラルは失われ、社会は停滞・内向化した。「建築的な失敗が内戦の火種となった」と彼女は論じる。家や街、アイデンティティのすべてが戦争によって失われたのではなく、戦争前から少しずつ失われていたという。

Text by MAKI NAKATA