「建築は紛争をもたらす」シリア人建築家アルサブーニの描く“優しい都市”とは
◆世界各地に及ぶ紛争の火種
イギリスのテムズ&ハドソン社から出版された彼女の著書は世界各地に反響を及ぼした。本がきっかけとなり、アルサブーニは世界各地から招待され、講演活動などを行ってきた。欧州を中心とした各都市をめぐっての考察、本に対するフィードバックなどを踏まえて、2021年に彼女は2冊目の本を出版。そのタイトルは『希望の構築、絆を生む建築をつくる(Building for Hope:Towards an Architecture of Belonging、日本語版なし)』だ。この本においては、前著でシリアを例にとって論じた紛争の火種となる建築環境の問題が、シリアに限った現象ではなく、いわゆる先進国世界や必ずしも紛争・戦争が起こっていない地域を含めた各地に存在する世界共通課題であるということが語られている。紛争や戦争には至ってはいないものの、移民問題、ホームレス問題、住宅難、気候変動問題、殺人・自殺といったさまざまな摩擦と課題に世界各国が直面している現状。これらは、建築環境や地域の開発計画に直結しているものだ。
住まい(home、人々の安全で平和な暮らし)を構築するというプロセスを動かすのが、人類共通の5つの恐れ(fear)であるとアルサブーニは論じる。それは死に対する恐れ、窮乏(need)に対する恐れ、裏切りに対する恐れ、孤独に対する恐れ、退屈に対する恐れだ。その中でも特筆すべきは、窮乏(need)に対する恐れである。窮乏の逆は豊富さ・多量(abundance)。とくに第2次世界大戦後の産業化と大量生産という手法によって、(本当に必要な)需要と供給のバランスが崩れ、すべてが「工場」になってしまった。この工場症候群(Factory Syndrome)は、人々が本当の意味での住まいを失ってしまった諸悪の根源であると彼女は考える。工場症候群はすきま(void)と断絶(disconnection)を生んだ。売り手・作り手と買い手・使い手という有機的な繋がり(trade)が、サプライヤーと消費者という大規模かつ無機質なものへと変化した。工場の建設が自然環境を含む人々の住まいの環境を破壊するとともに、人々は工場労働者として歯車のひとつとなった。物理的な断絶は、人と人との繋がりも断絶し、信頼関係は失われた。工場化は都市だけでなく、地方にも及ぶ。農業も機械化され、大量生産の道を辿った。