ニューヨークだからこそ本格的なエスニック料理を楽しめる

“エスニック料理”というと、日本では何故かタイ料理などの東南アジア料理だと受け取られることが多いが、本来エスニック(Ethnic)は、「民族の」という意味だから、「民族食」であり、特定の国や地域の食文化に限られるものではない。また別の言葉「国民食」は、ある特定の国で伝統的に広く食べられている食事を指すが、アメリカのような多民族国家の場合には成立しにくい。

ニューヨークは、20世紀までは「人種のるつぼ」と言われ、Melting Potに様々な国からやってきた移民たちが溶け合い生活する場所だと言われたが、21世紀に変わる頃になると、実際には溶けて混ざり合うのではなく、それぞれが特徴を持ったまま隣り合って生活する「人種のサラダボール」と言われるようになった。

前回の「ニューヨークならではの食べ歩き、アジア料理編」に続き、今回はブロンクスからクィーンズまで足を伸ばして、地中海沿岸からニューヨークにやってきた移民たちのエスニック料理をご紹介。(過去の記事はこちらから |移民たちのルーツの味:ニューヨークならではの食べ歩き、中南米料理 前編後編

コソボの伝統料理、ブレク

コソボはバルカン半島にある内陸国だが、独立を宣言したのは今からほんの10年前の2008年だった。コソボは14世紀ごろからイスラム教に改宗したアルバニア人が入植した土地だったが、20世紀初頭のバルカン戦争でセルビアが統治し、第2次大戦後にはセルビアの中の自治区(その後自治州)としてユーゴスラビア社会主義連邦共和国の一部となっていた。1980年代以降、アルバニア系住民がセルビアからの独立を求め1990年にはコソボ解放軍が組織されセルビアと対立。1999年には和平交渉が決裂して、NATO軍がセルビアを攻撃し、セルビアがコソボ解放軍の掃討作戦を強化したため、数十万のアルバニア系住民がコソボから出て難民となった。これがコソボ紛争だ。

コソボからニューヨークにやってきたドゥカグジニ一家が、伝統料理の店「Dukagjini Burek」をブロンクスに出したのが1995年だった。ブレクはトルコ発祥のペイストリーで、中東からバルカン半島のオスマントルコ時代の統治領だった国々で食べられている。フィロという薄いパイ生地に、チーズや肉を重ねて焼いたパイのような料理。この店では「アルバニア民族のパイ」だと説明している。

三角屋根が目印のこの店は、ブロンクス公園の東、ペラム・パークウェイ駅のそばに広がる商店街の中にある。店に入れば、カウンターがありシンプルなメニューが壁に張られている。ブレクと手作りのヨーグルトとコーヒーしかないが、それが人気の店なのだ。

フィリングは、肉、チーズ、ホウレンソウから選ぶ。それにヨーグルト。他にはエスプレッソとカプチーノのみ。次から次へと客がやってきて、出来立てのブレクを店内で食べたり、またはテイクアウトしていた。

近所で道路工事をしていた労働者3人の屈強な男性たちがワイワイと話しながら、ブレクを楽しんでいる。そのうちの一人は、一つでは足りないらしくもう一つオーダーしていた。ほかにも小学生くらいの姉弟が父親ときて持ち帰りにしていた。ここは、この地域に愛されている店なのだ。店内の壁にはコソボ出身のマザーテレサの肖像画が飾られていなければ、ここがコソボと関係があるとは気づきもしないだろう。

ツーリストのいないもうひとつのリトル・イタリー

ブロンクス公園の西側のアーサーアヴェニューはブロンクスの「リトル・イタリー」だ。マンハッタンのリトル・イタリーこそ長きに渡って名の知れたイタリア人街なのだが、ブロンクスのこの辺りにも多くの移民が集まった。

アーサーアヴェニュー・リテイル・マーケットは、古くからある屋内型のマーケット。中に入るとすぐに、葉巻を作って販売店があるので驚かされる。実際ブロンクスを歩いていると、葉巻を巻いている工房や、葉巻専門店がいくつかあった。

店内には、新鮮な野菜はもちろん、加工肉などのイタリア料理に欠かせない食材やイタリアからの輸入食品を売る店もいくつかあり、3世代以上のイタリア系住民たちが住むこの町の移民の規模が想像できる。

マーケットの一番奥にあるのが、カフェ・アルメルカート(Cafe Almercato)だ。軽く食べたいというと、ピザとオムレツにしたらどうだと、カウンターの向こうで初老の職人が勧めてくれた。ここはいわゆるデリだが、スープからパスタ、ラビオリ、ラザニアなど、買い物ついでのランチによさそうだ。マーケットの活気と雰囲気を楽しみながら、空腹を手っ取り早く満たすことができる。もちろん、この近辺にはイタリア料理のレストランも多いので、しっかり食べたいディナーならその中から選べばいいだろう。

イスラム人街でモロッコ料理を

ブロンクスはマンハッタンの北東に位置し、その南にイーストリバーを挟んでクィーンズ。さらに南がブルックリンだ。クィーンズのスタインウェイストリートには、イスラム系の店が多く並ぶ。その一つが リトル モロッコ(Little Morroco)だ。テイクアウトのカウンターとテラス席もあって解放感がある。スタッフに一番人気を聞いてみると、豆のスープに羊のミートボールだと、即座に答えが返ってきた。

モロッコもイスラム教徒の国だから、もちろん豚肉を食べることはない。羊肉がよく食べられる。いかにもモロッコらしいタジン料理も提供している。トマトを多用する料理なのでとても食べやすく、スパイスが効いていて身体の芯から温まる。店員に旨いよと言うと、たどたどしい英語で、「半年前にニューヨークに来て、ずっと住みたいと思っている」と言う。彼のビザのステータスはわからないが、ニューヨークに住んでみたいとやってきた若者なのだ。そしてここに住むことができたら、彼が一世ということになるわけだ。移民は終わったわけじゃない。

路上にはケバブの店もあり、タジン鍋を売る店や、中東から北アフリカの料理に必要な食材を売る店もある。小さなモスクもあって、ここはイスラム教をコアとしたコミュニティ。出身国はさまざまだが、イスラムを信仰する民族が集まっている。

ニューヨークでなにか面白い体験をしたいなら、ぜひエスニックタウンを回ってみてほしい。旨いエスニック料理を楽しみつつ、その民族がそれぞれに持つ背景を考えるきっかけにもなって面白い。

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All photos by Atsushi Ishiguro

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/