前回ご紹介した、プエルトリコ、パナマ、トリニダード・トバゴの中南米料理は、マンハッタンの南やその川向こうのブルックリンだったが、今回はマンハッタンの北にある、ワシントンハイツ、インウッドで中南米料理を食べ歩く。この辺りに滞在していたので、イーストリバーの向こうのブロンクスにあるヤンキースタジアムも近く、バスに乗って観戦に出かけたりもした。

エルサルバドルのププサス

中米のエルサルバドルは、太平洋に面している小さな国。「世界有数の犯罪国家」ともいわれているようで、なかなか足が向かない国でもある。前回も書いたが、ニューヨークにある外国料理の店には、その国出身の移民が客としてくるので、本格的・伝統的な料理を出す店が多い。エルサルバドルのようになかなか観光に行きにくい国の料理にトライするなら、比較的安全なニューヨークでもいいだろうと思った。

La Cabana Salvadorena は、191ストリート駅からすぐ、ブロードウェイにある。ちなみにマンハッタンの東西の通りは南から北へと数字が増えて220ストリートまである。191はかなり北だ。夏だったこともあって、夜になれば、スペイン語を話す移民たちが通りに出て友人と話をしたりしながら涼んでいたり、あちこちからポータブルステレオでかけている音楽が聴こえてくる。すっかりここはラテン。この辺りも危険ではあるので注意しながら歩いた。

その店でランチに食べたのが、エルサルバドルの国民食ともいわれる『ププサ』だ。トウモロコシの粉で作ったトルティーヤ生地で具を包んだもので、薄くつぶしたオヤキといった感じだ。そこに、キャベツとニンジンを酢で和えたものを乗せて、サルサソースで食べる。「一番エルサルバドルらしい具はどれ?」と聞いてみると、ポークとチーズだそうだ。勧められるままにオーダーして食べてみると、やっぱりオヤキのような印象。モッチリとした生地でおなかが膨らみそうだ。包む具は他に、豆、チキン、ブロッコリー、ホウレンソウ、ズッキーニなどがある。飲み物はCuzcatlanを頼んだ。オレンジ味の炭酸飲料で、ペルーのインカコーラに似ている。

ドミニカ共和国のステーキのサイドは揚げバナナ

ドミニカ共和国はカリブ海に浮かぶ島国。島の西側の1/3ほどは隣国ハイチで、海を挟んで東側の島はプエルトリコだ。ビーチリゾートなどが海外からの旅行者に人気。治安は中米の中では比較的良いほうと言われている。

ワシントンハイツのメインストリートにあるのがMaleconという店。周りは商店やレストランが立ち並び、交通量も多い。歩道には野菜や生活必需品を売る店もあったりと、すっかりラテンの明るくあっけらかんとした雰囲気だ。

まだ明るい時間にパティオのテーブルに座った。後ろの席では60代くらいの男性のグループがビールを飲みながら、スペイン語でワイワイと楽しそうに話している。自分もPresidenteという名のドミニカのビールを飲んだ。すっきりとして飲みやすい味だ。

熟練のウェイトレスさんにおすすめを聞いてみる。「おなかが空いてるなら、スカートステーキがいいわよ」と。“スカート”は横隔膜のことなので、スカートステーキはハラミのステーキ。オーダーしてみると、しばらくしてテーブルに運ばれたのは、長さが40㎝はあるようなハラミが一枚焼かれたもので、折りたたまれて皿に乗っている。酢でマリネした玉ねぎと一緒に食べれば、そのおいしさにぺろりと平らげた。付け合わせは油で揚げた調理用バナナ。

近所の八百屋や市場で、調理用のバナナを売っていた。緑色で長さが30㎝と長い。揚げたものはホクホクとしているが、ジャガイモほどほろほろとほどけることはなく、しっかりとしたちょっとねっとりとした食感。これに自分の好みで塩・コショウを振っていただく。

いつの間にか後ろの席のグループはもういなく、通りを眺めればあまりの暑さにあきらめ顔の買い物客たちが歩いていた。

バナナを固めて2度上げするパタコンはベネズエラ料理

ベネズエラは南米一治安が悪いといわれていて、以前悪化している状況だという。政情も不安定で経済も立ち行かない。そんなベネズエラの料理を出す店Cachapas Y Masが、ワシントンハイツよりさらに北のインウッドにあった。ニューヨークはどこでも日本よりは危険なのだが、この辺りも同様。NYなら本国よりも凶悪犯罪に巻き込まれることは少ないのだろうが、それでも注意は必要だ。

カチャパスという名前の通り、この店の人気のアイテムはカチャパス。トウモロコシの粉を焼いたものだ。これに上げた肉と野菜を挟んで食べるが、豚肉が一番人気らしい。前菜や、朝食で食べることが普通で、比較的軽い料理。一方パタコンは「青バナナサンド」だ。料理用バナナを油で揚げて柔らかくしたら、それを押しつぶして円形に形を整えて再度油で揚げたものを2枚用意して、その間に調理した肉を挟む。

これのボリュームがものすごい。バナナをギューギューに固めているのだからかなりの重みだ。そして食べた後に、腹のなかでこなれて膨張してくると、もう満腹を超えた状況になる。

日本に帰ってから作ってみた。調理用バナナはアメ横の輸入食料品で手に入れた。作ってみると、バナナ1本から直径18㎝ほどに固めたパタコン2枚を作ることができた。また、それを油で揚げるのはかなり大変。調べてみると、家庭ではもっと小さなサイズで揚げているようだった。また、揚げるだけという冷凍食品でも売られているようだ。

ニューヨークを訪れることがあれば、ぜひいろんな国の移民の料理を楽しんでほしい。比較的治安が悪い場所もあるので、身の回りには注意が必要だが、そうしてでも食べる価値があるものがたくさん見つかると思う。


All photos by Atsushi Ishiguro

La Cabana Salvadorena 
Malecon 
Cachapas y Mas 


石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。
HP:http://ganimaly.com/