「人種のるつぼ」 “Melting Pot” と言われていたニューヨーク。様々な国からの移民たちが一つになってアメリカを統一していくという考え方を表していた。20世紀の終わりになると「人種のサラダボール」という思想に変わった。それは、移民たちのルーツはそのままに、個性をなくすことなく混在しているという社会だ。

2016年夏、ニューヨークに3週間滞在して世界21カ国の料理を食べ歩いた。これまでに何度も訪れたのに、この時に初めて自由の女神を見に出かけたのだった。

ニューヨークが、世界の異なる食文化を楽しむのに適している理由はいくつがあるが、自分が最も納得しているものは次の通りだ。

ニューヨークには各国からの移民が多く住んでいて、それぞれのエスニックグループが狭い地域にまとまって生活している。そのため、ニューヨークの各国料理の店は、そのエスニックグループを客として成立することができる。そして、もともとの料理の特徴をほかの民族に合わせることなく、オリジナルのまま提供することができる。一方、東京の場合には、各国料理のレストランの顧客は主に東京に住む日本人であるため、日本人に合わせたテイストにすることで、よりそれぞれの料理を受け入れやすくしていることが多い。

ということで、今回は中南米料理の前編、3つの国の料理にフォーカスする。中南米には情勢が不安定な国も多いので、それよりは安全なニューヨークで本場の料理を食べれるなら、それに越したことはない。

ロウワーイーストサイドでプエルトリコ料理

 

そのプエルトリコ料理の店は町の食堂といった構えで、イーストエンドの奥ともいえるような、その中でも東側にある。イーストリバーに近い。ロウワーイーストは、もともと移民や低所得の労働者が住んでいた地域だ。最近はかなり面白い夜遊びのスポットがオープンしてきているし、『The International Center of Photography (ICP/インターナショナル センター オブ フォトグラフィー ミュージアム)』や、『New Museum of Contemporary Art (ニュー ミュージアム オブ コンテンポラリー アート)』などのアートミュージアムもこの地区へ移転オープンして、新しい魅力も増えてきた。比較的古いビルもまだ残っているし、ビルの壁に描かれたオフィシャルなグラフィティもなかなか楽しい。また、厨房用品の店などもあって独特な雰囲気だ。

店の名前はCasa Adela。長テーブル1つに、小さなテーブル2つといったかなりコンパクトなお店。カウンターでテイクアウトする人もいる。常連らしいお客たちは、店員たちと何やら楽しそうにスペイン語で話している。「この店では何が人気なんですか」と聞くと、スパニッシュなまりの英語で「ゆで豚のセットだね」とのこと。オーダーしてみた。

まずは豆のスープ。トマトベースでピリリとチリが効いている。豚肉はシンプルな塩ゆでで、かなりのボリュームだ。こちらもチリベースのソースでいただく。一緒にサーブされたのはターメリックで色付けしたイエローライス。これで800円しないとは!(のちのち気づいたのだが、マンハッタンには安い定食を出す店も以外に多いのだった)。 そしてこの店は、ローストしたり焼いた様々な肉を選んで挟んでくれるサンドウィッチも人気。開店時間は朝の8:00だから、働く前にしっかり腹ごしらえができそうだ。他に、メインの料理はロティサリーチキンに、ビーフシチュー、フライドポークなど、10ドル前後で楽しめる。

トリニダード・トバゴのロティ

地下鉄に乗ってマンハッタンからブルックリンへ。トリニダード・トバゴのロティを食べに足を伸ばした。トリニダード・トバゴはカリブ海の小さな島国で人口は130万人ちょっと。ブルックリンは、今でこそその人気でおしゃれでヒップなエリアというイメージがすっかり定着しているが、一昔前まではカリブ出身アフリカ系が多く住む地域でもあった。

メインストリートに停められていた車には、グレナダとガイアナの2つの国の国旗が飾られていた。ブルックリンはもともと製造業が産業の中心だったが、最近はIT系のスタートアップなども多い。また、ブルックリン美術館では参加型のイベントもよく開催されているようで、覗いてみてほしい。マンハッタンとは違って高いビルが少なく、空が広く感じられる通りを歩いていると自由な雰囲気を感じられて、東京なら中目黒から恵比寿界隈の元気さがある。そして、お目当ての店は古くから商店やレストランが並ぶストランド・アベニューの交差点にあった。

Gloria’sはロティの店。小麦粉の平べったいパンに、カレー味のチキン・ビーフ・ポーク、野菜などを乗せて丸めたものを売っていて、テイクアウトの客も多い。ロティは全粒粉を使ったパンのことを言い、インドがその発祥ともいわれている。それがアフリカにも伝わって、トリニダード・トバゴへ、そしてブルックリンへと伝わってきたのだ。そういえば東南アジアでもロティは食べられているが、薄くふわっとしたクレープみたいなもので、練乳や果物と一緒にデザートとして食べられることが多い。

こちらもボリュームたっぷり。モッチリしたロティに包まれる具もかなり重さを感じる。「カレーチキン」を選んだが、ジャガイモ、玉ねぎ、豆、ニンジンと、大きなチキンは骨付きがドーンと入っている。これで6.5ドルだからコスパがいい。

牛の足のシチューはパナマ料理

同じくブルックリンのレストランが並ぶフランクリン・アベニューにあったのが、パナマ料理のKelso。店に入れば、オーナーとみられる、パナマの民族衣装と思える派手なドレスを着た妙齢のおばさまがにっこりと迎えてくれた。メニューを見ると、牛の足のシチューと書いてある。おばさまにこれはどんなものと聞いてみると、足のくるぶしあたりから下を指で示してくれた。そうだ、もも肉でもなく、さらにその下、もう肉などないような部分を使っているのだ。

オーダーしてみると、ぶつ切りの「足」がいくつか入ったシチューが運ばれてきた。足の周りのスジの部分が軟らかく煮こまれていて、それを食べるのだ。背骨ではないので髄も入っていない。すいとんのような小麦粉の団子も入っていてもっちりしておいしい。ほどよくスパイスが効いている。そして更に、勧められるままにチキンの煮込みをオーダー。グリルしたチキンを煮込んだもので、香ばしくておいしい。ここでもまたイエローライスが添えられていた。

残念ながら、このお店はその後閉店してしまったそうだが、どこかで牛の足のシチューを見つけたらぜひトライしてほしい。

後編では、ベネズエラ、ドミニカ、エルサルバドルの料理について書く予定だ。それに、日本に帰ってから再現した料理も紹介したいと思う。

Casa Adela
Gloria’s


Photos by Atsushi Ishigro excl. the top main by Brandon Jacoby on Unsplash

石黒アツシ

20代でレコード会社で音楽制作を担当した後、渡英して写真・ビジネス・知的財産権を学ぶ。帰国後は著作権管理、音楽制作、ゲーム機のローンチ、動画配信サービス・音楽配信サービスなどエンターテイメント事業のスタートアップ等に携わる。現在は、「フード」をエンターテイメントととらえて、旅・写真・ごはんを切り口に活動する旅するフードフォトグラファー。「おいしいものをおいしく伝えたい」をテーマに、世界のおいしいものを食べ歩き、写真におさめて、日本で再現したものを、みんなと一緒に食べることがライフワーク。

HP:http://ganimaly.com/